2006.07.18 Tue
料理の腕は・・アジェンダ編?
前記事で「料理の腕は食べてくれる人がいてこそ・・」という序章的なタイトルをつけたわりに、内容に沿ってない記事になってしもた。 たまにぼーっと、記事を書いてるとこんなことになるんだ。
パーティで「ホストの女性が料理を一手に引き受けて、もてなすというのはめずらしいのでは?」というKiasuさんのコメントをいただいたが、その通りなのだ。 アメリカの貧乏、金持ちパーティでホストの女性が料理をしてそれを出すというのはめずらしい。
貧乏なら、チップスとかデリとかで買って来たものをポンッとテーブルにおける食べ物があるくらいで、あとは酒。 金持ちならま、ケータリングでも頼むかな。 ホストが客をほおっておいて、料理や片付けにいそしむのは、社交という形でもてなしをしていないから。
でも、あっしは週末のポーカーナイトのような小さなパーティにも満たない友達の集まりなら、喜んでおつまみをつくる。 ちょっと日本的かもしれない。
それはあっしが料理が好きだから・・が第一の理由。 あとは、前にも書いたようにアメリカのパーティがチップスとかカット・ベジタブルとかでおもしろくもなんともないから。
その料理の腕を揮えるときには、揮わせてもらいたい・・が理由。
やっぱり、料理が好きなものにとって、腕をふるって、喜んでもらって、ついでにおいしいと言ってもらえればすごくうれしい。 うれしいと、やっぱりまた作りたいと思うから、腕も上がるというもの。
これは、料理人にとっては当然のこと。
しかし、料理の腕はほめられてあがると思っていない人がいるということを最近聞いてしまった。 この話を同僚にしていたときである。
同僚が以前、訪米した客の付き添いに取引先を回っていたときのこと。 突然、同僚は旦那にいつも料理するのか、と質問されたらしい。 長い道中の車中での会話らしい。 その会話で、お客がこういったらしい。
「うちの家内もやりますが、まずかったら、私はまったく手をつけませんよ。 うちの子供たちもです。 それくらい、してやらないと、なまけて腕があがりませんから。」
これを聞いた同僚はおったまげたらしいが、それを聞いたあっしもおったまげた。 ひぇぇ、すごい亭主関白。
そういう態度はさすが会社の社長らしい?と思ったが、奥様だって会社を手伝ってるのに・・。 でも、この考えかたは同僚もあっしも同様に、腕を上げて欲しいなら、ほめるべきだと・・・。
それでもってまずかったなら、できるだけ食べて、あとはここがまずかったという感想を言ってあげる。 まずいなら、自分が食べてもまずいのは判るんだから、そんな食べないなんて、心を傷つけるだけでないか。
日本の女性は特に料理に愛情を注ぎ込むと思う。 心をこめて料理をする。 あっしだってそうだ。 こんなアメリカナイズしている男オンナのあっしだが、そうだぞ。
最初のころ、あまり食べ物を大切にしないアメリカ人らしく、よく残してきた同居人。そのときには、真剣に伝えたことがある。
何でたまに残すのか?
まずいのか?
おなかがすいてなかった?
なら、まだ食べられるのに、帰ってきて冷蔵庫に入れるとかしたらまた食べられるでないか?
愛情をこめているのに、なんでそんなことするのか?
うんねん・・・。
最後の言葉が効いたのか、食べられなかったときんはちゃんと持って帰ってきて冷蔵庫にいれるようになった同居人。 あれから、ずいぶん成長?したよ。
どうだろう。やっぱり、料理はへたくそにできたときでも、ちょっとでも作ってくれたことに感謝して、ちょっとくらいは食べて欲しいなと思うんだけど。(よほど、塩が多くて食べられたもんじゃないとか、極端な例を除いて) だって、今日の料理はもう一つだった・・と思いながらも、自分が食べられるんだから、吐き出すほどまずくはない。
また、食わず嫌いはやめてほしいなとも思う。 一回くらい食べて口に合わないなら判るけど、一回も食べないで、嫌って言われるのもなんかさみしい。 生のタコ食えっていってるんじゃないんだから。
パーティで「ホストの女性が料理を一手に引き受けて、もてなすというのはめずらしいのでは?」というKiasuさんのコメントをいただいたが、その通りなのだ。 アメリカの貧乏、金持ちパーティでホストの女性が料理をしてそれを出すというのはめずらしい。
貧乏なら、チップスとかデリとかで買って来たものをポンッとテーブルにおける食べ物があるくらいで、あとは酒。 金持ちならま、ケータリングでも頼むかな。 ホストが客をほおっておいて、料理や片付けにいそしむのは、社交という形でもてなしをしていないから。
でも、あっしは週末のポーカーナイトのような小さなパーティにも満たない友達の集まりなら、喜んでおつまみをつくる。 ちょっと日本的かもしれない。
それはあっしが料理が好きだから・・が第一の理由。 あとは、前にも書いたようにアメリカのパーティがチップスとかカット・ベジタブルとかでおもしろくもなんともないから。
その料理の腕を揮えるときには、揮わせてもらいたい・・が理由。
やっぱり、料理が好きなものにとって、腕をふるって、喜んでもらって、ついでにおいしいと言ってもらえればすごくうれしい。 うれしいと、やっぱりまた作りたいと思うから、腕も上がるというもの。
これは、料理人にとっては当然のこと。
しかし、料理の腕はほめられてあがると思っていない人がいるということを最近聞いてしまった。 この話を同僚にしていたときである。
同僚が以前、訪米した客の付き添いに取引先を回っていたときのこと。 突然、同僚は旦那にいつも料理するのか、と質問されたらしい。 長い道中の車中での会話らしい。 その会話で、お客がこういったらしい。
「うちの家内もやりますが、まずかったら、私はまったく手をつけませんよ。 うちの子供たちもです。 それくらい、してやらないと、なまけて腕があがりませんから。」
これを聞いた同僚はおったまげたらしいが、それを聞いたあっしもおったまげた。 ひぇぇ、すごい亭主関白。
そういう態度はさすが会社の社長らしい?と思ったが、奥様だって会社を手伝ってるのに・・。 でも、この考えかたは同僚もあっしも同様に、腕を上げて欲しいなら、ほめるべきだと・・・。
それでもってまずかったなら、できるだけ食べて、あとはここがまずかったという感想を言ってあげる。 まずいなら、自分が食べてもまずいのは判るんだから、そんな食べないなんて、心を傷つけるだけでないか。
日本の女性は特に料理に愛情を注ぎ込むと思う。 心をこめて料理をする。 あっしだってそうだ。 こんなアメリカナイズしている男オンナのあっしだが、そうだぞ。
最初のころ、あまり食べ物を大切にしないアメリカ人らしく、よく残してきた同居人。そのときには、真剣に伝えたことがある。
何でたまに残すのか?
まずいのか?
おなかがすいてなかった?
なら、まだ食べられるのに、帰ってきて冷蔵庫に入れるとかしたらまた食べられるでないか?
愛情をこめているのに、なんでそんなことするのか?
うんねん・・・。
最後の言葉が効いたのか、食べられなかったときんはちゃんと持って帰ってきて冷蔵庫にいれるようになった同居人。 あれから、ずいぶん成長?したよ。
どうだろう。やっぱり、料理はへたくそにできたときでも、ちょっとでも作ってくれたことに感謝して、ちょっとくらいは食べて欲しいなと思うんだけど。(よほど、塩が多くて食べられたもんじゃないとか、極端な例を除いて) だって、今日の料理はもう一つだった・・と思いながらも、自分が食べられるんだから、吐き出すほどまずくはない。
また、食わず嫌いはやめてほしいなとも思う。 一回くらい食べて口に合わないなら判るけど、一回も食べないで、嫌って言われるのもなんかさみしい。 生のタコ食えっていってるんじゃないんだから。
| すまいるの日常 | 14:19 | comments(4) | trackbacks(0) | TOP↑




