2006.06.15 Thu
将来思う厳しさより、その時の暖かさ
RYOさんが日本で事故を起こしてしまったときにご両親から叱り飛ばされたが、バリのご親戚からは、身体に怪我ないかと、心配の言葉をかけられたことを記事にされていた。
あっしの日本の親や親戚と、あっしの周りのアメリカ人を見てもおんなじことが言える。 とにかく、日本の親は心配させられたという状況をあっしが作ると、叱り飛ばす。 それが結構当たり前のように育ってきたから、アメリカに来た時、なんとアメリカ人は寛容なのだと感じてしまい、逆に、周りが大丈夫かと言っているのに、あっしはひたすらすみませんを連発してたっけ。
よーく考えてみれば、周りのアメリカ人があっしが自分で事故を起こしたとか、危ない目にあったとか、どうして謝られなければならいのか、目を白黒させて不思議がるのも当然だ。
そんな事故を起こして、責任を取るのは自分だし、万が一、身近な人の車を壊したとか、関係があっても、修復がきく車より先に修復が効かないかもしれない身体を心配するのは納得がいく。
では、日本の親や親戚や身近な友人が、「なんでそんな危ないことするの?!」とか、「あほやなぁ、なんでもっと気をつけんかったんや?」とかいう、言葉はいったいどうして投げかけるんだろう。
育ってきた国の習慣や人の性質なのに、自分でも解らない。 なんで怒るんだろう。 ああ、そうか、叱るというより、怒るに近いな。 RYOさんところで、何人かの方が同じこと言われてたっけ。
ほんまに、自分でも痛いくらいに、責めてるんだから、周りがまた追い討ちかけることもないよな。
外国居住のほかの日本人の方は知らないけど、あっしは日本に帰らず、アメリカにへばりついているのは、それがひとつの理由。(他にキャリアのこととかあるけど)
家族のように身近になった人同士に対する精神的な支持は、計り知れないくらい強いものになるアメリカ人。 極端な話し、家族の中で誰かが犯罪を犯したとして、親戚一同でとにかく、法的に経済的にサポートしている人たちをよく見る。
もちろん、責める人もいるけど、特にずっといい子、いい人で親しまれてきた人が一瞬の過ちを犯したときには、親や兄弟の精神的なサポートは絶大なものがあり、「日本じゃ、家族で世間から身を隠しちゃうなぁ。」なんて、思ったものだ。
そんな家族や親戚の温かさというのは、あっしも同居人とであって、同居人の家族とも仲良くなる前から友人の家族に大切にしてもらい、何度も感じたことがある。
もう、同居人とくっついて、かれこれ2年と4ヶ月ほど経った。 経済的にもいろんなものをシェア(分与)するようになった。 お互いの稼ぎをあわせて、お互いの世話をして暮らしていると、家族も同然だからと何度も言われた。
そんな環境に慣れたあっしだから、同居人が怪我した直後、ちょっと落ち込み気味で、
怪我してごめん・・
と、いつも強気な同居人がこぼしたくらい、肩落としてた同居人には、あっしも収入が減っちゃう!どうしよう!と頭をかすっても、本人は十分苦しんだから、本人をせめてもなんの解決にもならない。
とにかく今はじたばたしても仕方ないから、ちゃんと怪我を治すこと! お金のことは心配すんな、なんとかなる!
と、同居人を元気づけた。 大体怪我したくってしたわけじゃないんだから。 どこまで、効くかわからんけど、藁をもすがる思い?で、ミルク飲め!飲め! と、言ってみた。
今は、もうだいぶ楽に身体が動かせるようになって、足のうっ血も痛みも減ったようす。 トドのようにごろごろし、態度はでかくなってるが、そういういつもの気持ちが怪我を早く直す治癒力ってものが働くんだろう・・・・とあっしは自分に言い聞かせている。
| 同居人Dと息子チビ | 12:38 | comments(13) | trackbacks(0) | TOP↑




