2006.04.10 Mon
好きだったものと思い出
同居人の息子、チビから突然の質問が来た。
んー?なんか幅広い質問だなぁ、食べ物で、とか?
「なんでも。例えば、電車が好きだったとか、ゲームが好きだったとか。」
変哲もない子供からの質問で、簡単に答えられるはずだったのに、なぜか考えてしまったあっし。
お絵かきは好きだったなぁ。
答えられたのはそれだけだった。 しばらく、同居人と3人で、映画に出かけてからもずーっと考えていた。 マンガ好きだったな。 TVもコミックも。 外で泥んこになって遊ぶの好きだったな。
もう少し大きくなってからは手芸をやったりするようになったけど、小学生低学年くらいに好きだったものがどうも思い出せない。 そんな年になってしもたのか。
ただほんとにお絵かきだけは好きだったし、物心ついたころから毎日のように絵を描いていたと思う。一番古い絵で未だに父親の押入れにある(はずの)ものは、幼稚園のときにみんなそれぞれが描いた自画像だったと思う。
それから古いのは小学校低学年のときに書いた(と思う)絵日記。 1週間くらいの分のページがあるでかい絵日記帳に、絵と文章を書いたっけ。 何を描いたか一部未だに覚えている。
「猿山にいって、猿にお菓子を取られたこと。」
結構子供ながらに、強烈な印象だったので、今でも怖かったことはしっかり覚えている。
あとお寿司屋に行ったのも描いたような・・・。
家の親は両親ともあんまり古いものに固執しないのか、あっしの子供のころのものでも思い出として、取っておくことはほとんどない。 家にあるのは、比較的新しいものばかりだ。
あっしのこんな紙袋ひとつに収まるも子供時代のものも、一時帰国したときに、
「押入れでじゃまやから捨てていいか?」
なんともあっさりしたもんだ。 この辺アメリカの親と違うな・・と思った。
ここから、違う話になってしまうが、アメリカ人の親ってのは子供が生まれたころ、はたまた自分の子供のころ、親の若かったころ、おばあちゃんの若かりしころの写真や受け継いだ家具やアルバムなど・・とにかく思い出になるものをしっかり置いておく。
火事に遭ったら、何を一番にぎりしめて家を飛び出すかという質問には、おそらく「家の権利証」と答えるだろう日本人に対し、アメリカ人は大多数が「写真」と答えるくらいだ。 写真はそのときに戻ってまた取り直しできないかららしい。
思い出というものを大切にする国民だなと思うことがよくある。
同居人のママは、同居人が言うには、ママの思い出のものがいっぱいはいったトランクがあるらしい。 それには、ママの子供達の写真やその成長の間に思い出になるもの(同居人のバンドの写真まである)だけでなく、ママのお母さん(去年の暮れになくなったおばあちゃん)、曾おばあちゃん、おじいさん、そのまた両親の写真まであるらしい。
あっしはそのトランクを見たことはないが、たまに引っ張り出してくる写真は、開拓時代の写真まであって、「これは誰だかわからんわ・・・。」と言うくらい古い。
以前思ったが、アメリカのように歴史が古い国は、100歳くらいのものをアンティークと呼んで、家具でも代々受け継いだりする。 アンティークが好きな人が多い。
街の建物でも新しくはなるが、外が古くて中の骨組みを強化して使うときも多々ある。
逆に何千年と言う歴史がある日本人が新しいもの好きで、古いものをぽっぽと捨てたり、壊したりする。 なんでだろう?
あっしは、とにかく古いものに魅せられる。 ビンテージにはあんまり興味がないが、アンティークは大好きだ。 シアトル近郊のアンティークショップを訪れることに一時はかなり凝って、かなり制覇した。
今でも新しく訪れる街に行くと、博物館、歴史館などは必ず行く。
古いもの好きが高じて、いろいろ溜め込みやすいあっしだが、以前書いたとおり、物になるべく固執しすぎないようにしているので、使わない余計なものはさっさと寄付して、処分してしまう。
でも、アメリカ人と同じで、思い出になるものは、なるべく残しておきたいなぁと思う。 それは子供のころの良かった記憶も・・・。
以前帰国したときに、父が捨てていいかと聞いてきたもので、捨てられたくなかった、幼稚園のときに使った母のお手製通園バッグを持って帰ってきたが、あの絵日記も持って帰ってくればよかった・・。 父ちゃん捨てちまっただろうか・・・?
| 同居人Dと息子チビ | 03:57 | comments(7) | trackbacks(0) | TOP↑




