2007.05.28 Mon
合気道でまた母国の文化を思う
合気道の講習会(セミナーといっている)は通常金、土、日と3日間連続あり、うちの道場の場合、土曜日の夜はポットラック(食べ物持ち寄り)パーティをやって先生や道場生その家族が集まって、話ししたり、やんや騒ぐ。
よその道場でもやってるのかは知らないが、うちのセンセーはどうやらパーティが好きらしいので、必ずあるのだ。
今回センセーの先生であるI先生(日本人男性)だったので、特に私は楽しみにしていた。 こっちで合気道を始めただけに、日本人の先生から習ったことがなく、どういうお稽古させてもらえるのか、とっても楽しみだった。
何度も繰り返される言葉は英語でも日本語でも同じで、言葉だけではぴんと来ないものだった。 なんどもなんども何年も練習して、ようやくだんだん分かるようなもの。
「力じゃないんですよ。相手の体の中心に自分の気を動かすのです。」
そんな、マジシャンみたいなこと・・・。 合気道始めて8ヶ月のひよっこにおいそれと解りまへんがな。 はいっと元気よく返事はしたものの、ちっとも言われたとおりに相手が動かせん。
形になっていない人のところへI先生が回ってきて、指導される。特定の人に指導されるときは、その人の相方、また周りの人は見て覚えようと、円を描くように先生を囲ってさっと畳に座る。
指導が終わったら、見ていた人たちは手を畳に突いてお辞儀をし、またそれぞれの相方と稽古に戻る。
I先生は在米長い(コロラド州在住)のだが、日本人というのは年を取っても日本の何かがなくて恋しくなるのか、数少ない日本人に対しては、日本語で説明されていた。
私のところへもささっと来られて、指導していただく。 私の相方、周囲の人がさっと座ってみている。 でも、周りはほとんどアメリカ人、先生は気にせず私に日本語で説明される。
見てるだけでもだいぶ勉強になる。「見取り稽古」という見る稽古もあるくらいだから、日本語がわからなくてもいい。
あとで、道場の先輩にぼそっと言われたけど。
「日本語わかる人間が少ないんだけどなぁ〜、先生。」
シアトル近郊のほかの道場から来られた数少ない日本人の方とお会いした。 日本でも合気道されていたらしく、黒帯締めておられた。 また、お会いしたらいろんな話しさせていただこう。
その彼とちょっと立ち話していた。 日本人少ないだけに、日本語が道場に響く。 いつの間にかI先生が傍に立っておられた。 にこにこと変わらず、やさしそうな表情で会話に加われた。
うちのセンセーが言っていたことがあった。I先生の英語が年を取るごとにひどくなっているような気がすると。 うーん、私にも見に覚えが・・。
日本語ペーらぺらのうちのJ先輩が言ってた。
「I先生はたぶん、英語しゃべるのがもうおっくうなんだよ。日本語だったらもっと指導しやすくなるのにって歯がゆいんだと思う。」
外国に移り住んで、完璧に地元民のようになってしまう人もいるが、たいていは、自分の母国の言葉や文化は忘れられないし、変えたくも無いもの。
以前どこかで聞いた事がある。 いくら長年外国に住んでいても、年を取って覚えているのは母国の言葉だと。
そうじゃない人も過去に会ったことあるけど、そういう人のほうが稀かもしれない。
土曜日のポットラックでなぜか私は超日本的な食べ物を作ってもっていこうと思った。 道場生や先生は日本食好きな人もいるが、I先生にお会いする前からなんとなく、そうしようと思った。
簡単な掻き揚げ天麩羅作ってもっていった。 「お疲れ様でした。」と声をかけていただいた先生に「天麩羅もってきました。」と言ったら、「いいですねぇ。」とうれしそうにされていた。
やっぱり、日本食は食べれるもんなら、食べたい。 コロラドにはあんまり日本食がないらしい。 道場近くに日本食スーパーがあると知って、昼休み中にJ先輩に連れられていった先生は、大福や梅干などしこたま買い込んでおられたとか。
また、先生が来られたら、また超日本食を作ってポットラックに行こう。 それより、技や動きがうまくなっているようにお稽古しなくちゃな。
| 合気道にハマる | 13:39 | comments(7) | trackbacks(0) | TOP↑

秋です。



