2006.12.03 Sun
アメリカナイズでいいこと、わるいこと
仕事の取引先に結構日本人がいる。 その人たちとやりとりするのは、ある意味日本語だから、やりやすいと思う人もいるだろう。 でも、私にとったら、逆にかなりやりにくいことがある。
ある程度、居住している国の言葉に慣れたら(うまい下手は別として)、自分の母国語で話そうと、地元の言語だろうが、結局は相手の性格の一致、不一致、またはどれだけ真剣に仕事してくれるか如何によるからだ。 日本国内で仕事することを考えてもらったらいい。
で、私の経験だが、在米経験が中途半端な人ほど、なぜか日本人のいいところを忘れ、且つ日本人の悪いところだけを残し、アメリカ人のいいところを学ばず、アメリカ人の悪いところだけを学んで仕事をしている人が結構いる。
一番目に余るところで、日本人の悪いところというと、公私混同する。
日本じゃ、公私混同はよくあることだが、それをそのままアメリカに持ち込み、仕事はまじめにしても家庭が一番のアメリカ人社会にて、仕事が家庭、プライベートタイムより大事とやってしまうこと。
アメリカ人の悪いところを身に着けてやってしまうというのは、自分がミスをおかしたら簡単には認めず、最初に自己弁護に走ること。
すみませんという言葉を一応言うのだが、次の続く言葉のいやらしいこと。 「自分の担当じゃありませんから。」なんてしょっちゅう。 つい今週にもそんな言葉を聞いたので、また同じ人から同じことばを数回目聞いたので、いいかげん、あたしゃ怒ってしまったくらい。(実際、その人がすべて窓口として処理してたのにさ。)
どうして、せっかく自国とは違う国にいて、その国いいところを学ばないのだろう? 「気にならなくなったこと」は私にもたくさん当てはまる。 それらを日本にいる親が読んだら、「悪いことを学んでいる」と思われるかもしれない。 悪いことと判断してしまう前に利点も多くあることに気づくべきかなと思う。 それが何か?と疑問に思うなら、私がよくおじゃまするブログを読みなおしてみるのがいいな。
「気にならなくなった」ことは、現地民の行動がしみついてしまったことで、現地民化するということ。 それは、日本での標準値だけで物を見なくなったということ。
同時に、現地民の行動や考え方を良いように取り入れるのであって、悪用しちゃいけない。 自分の都合のいいときに、悪いことだけをマネするのでは、その国の悪いことをしない人までに失礼だと思う。(注意:悪いことというのは、世界的に見ておそらく悪いことと判断させていただく。 またその国の一部の人がやることとさせていただきたい。)
私は、アメリカやここの人たちが好きだが、一部の人によく見られる「ミスをミスと認めず、弁解にばかり力をそそぐ」行動が好きでない。 かといって、言葉ばかりで謝って、そのミスをカバーするくらいの解決を即実行することのない、日本人に多い行動も好きでない。
これを違う見方でみると、いいようにも取れるのだが・・・。(訴訟国のアメリカで即、あやまってはいけないとか、反省がある日本では、とにかく自分が最初に悪いことをしたのではと、見直しを図るとか。)
自分のよがりな意見になってしまったが、自分の意見がまた正しいと周囲の人に思って欲しいともこれっぽちも思っていない。 オープンマインドで人を見たいという結果だから。
今日も、テーブルに足を乗っけて、ビール片手にDVDを見て、洗い物も最後の皿ほったらかしで、こうしてPCに何時間も向かっている。 親が見たら怒りそうだが、これらは悪いことじゃない、同居人は迷惑してないし、誰も傷つけたり、怒らせたりしてるわけでない。
ただ、ずぼらなだけ。 でも、私なんかアメリカ人にしたら、ぜんぜんずぼらじゃない。 普通なのだよ。
そうそう、ひとつ「気にならなくなったこと」を思い出した。
電話中に、受話器をカバーもせず、そばにいる人に話しかけてしまうこと。もしくは、電話の相手に「ちょっと待って」という一言もなしに、そばの人に話しかけてしまうこと。
これアメリカ人がよくやるんだが、私がやられたときには、私に最初何を話してるのか?ととまどった。 私が話をしてるのに、電話の向こうで反応がないなと思っていたら、受話器を離れていたので、一人話していたのに気がついて、ムッとした。
それを今やってしまってるんだが、これは相手に失礼だから、真似するのはやめようと思う。
| アメリカってやつは・・・ | 16:35 | comments(6) | trackbacks(2) | TOP↑




