2006.12.03 Sun
お金は天下のまわり物
仕事から帰宅途中に車のフロントガラスに石が飛んできて、ぴしっとお星様を残していった。 またかよ〜っ。
頭の中で札束に羽が生えて飛んでいくのが見えた。
そして、いそいそとまた合気道のお稽古に向かおうと自分の車まで来たら、まん前の地面になんとお金が落ちていた。 暗かったがお札が見えたので、つかんでみたその瞬間、結構な桁数が見えたのだ。
うわおぉ
と思い、ひっつかんだら何枚かあったのを感じた。その額の札が全部の枚数だったら・・・と一瞬にして頭に思い浮かべ、そのまま手の中に握り締めて、車に乗った。 いくらあったかも見ずに、車の小物入れに入れてお稽古に向かった。
お稽古中、お金のことはすっかり忘れて、終わって帰宅途中の車の中でちょっとどきどきしながら、ひたすら考えた。
うーん、いくらあったんだろう。ひっつかんだら、結構何枚かあったな・・。表に見た札の額がすべてだったら、どうしよう・・。数万円の額だぞ。 そんなお金をいったいどうしたらいいのだろう。 アメリカには交番ってなものないし、だいたいアパートの敷地内では、公共の場所ではない。 アパートの管理事務所に届けたところで、落とし主が現れるとは思わん。 またすべてのご近所に落としたかなんて聞いたって、みんな自分のだって言うに決まってる。
ひたすら考えたあと、同居人に相談してみることにした。 だいたいどういうか想像はついていたが、そんな何千万円という額でもないのは解っているので、警察に届けるのはしないと思うが・・。
こんなことを考えながら、さらに自分の子どものころを思い出した。 まだ小学生のころ、夏休みに祖母の家に行ったとき、近くの公園で遊んでいたら、たくさんの小銭を地面に見つけてしまった。
百円玉や、10円玉やらが10数枚。 せいぜい200、300円だったと思うが、そんときの私にしたら拾う額としては結構なもの。 全部かき集めて考えた末に、すぐ近くにある交番に届けにいった。
おまわりさんは、「ありがとう。」といいながら、ちょっと戸惑った顔をしていた。 私はいいことをしたと、ほくほくだったが、大人のおまわりさんにしては、「こんなくらい持ってこなくても良かったのに。」だっただろう。 それくらい、私は子どものころから、頭に「バカ」がつくくらい正直だったのだ。 今でもそんなところがあるから、お金を拾っただけで心臓がバクバクしているのだ。
家に帰って、同居人も帰ってきた。 同居人に言うのも実は最初迷っていた。 絶対、「もらっとけ。」というのは解っていた。
数万円にしたって、私にしたら結構な額。落とした人がきっと困ってるだろうと考えると、おおっ、ラッキーと簡単に自分のものにしがたい。
で、同居人に話をしてみた。
いくら、あったのかも見てないんだよね。結構つかんだときに、何枚もあったから。 車の小物入れにまだ入れてたまんまだけど。
同居人は食っていた晩御飯もそこそこに、車にすっとんで行った。結局全部同じ額ではなく、全部数えてみると、一万円ちょっとのドル札だった。
ちょっとほっとした。 (ただの小心もの)
同居人曰くやはり、もらっとけ。ということだった。 私が前述で考えたことプラス、そんな何枚も4つ折にして、地面に落とすということはポケットから落としたに違いない。 そんな粗末に扱う気が回らない奴だから、落とすほうが悪い。 うんねん、かんねん・・・。
額が中途半端だと解ったので、結局手元において置くことにした。
ひょっとしたら、今年のクリスマスを楽しく過ごさせてあげとうという神様からのお小遣いかもしれないし・・・。
普通他の人だったらどうするだろう? 聞くだけ無駄?
頭の中で札束に羽が生えて飛んでいくのが見えた。
そして、いそいそとまた合気道のお稽古に向かおうと自分の車まで来たら、まん前の地面になんとお金が落ちていた。 暗かったがお札が見えたので、つかんでみたその瞬間、結構な桁数が見えたのだ。
うわおぉ
と思い、ひっつかんだら何枚かあったのを感じた。その額の札が全部の枚数だったら・・・と一瞬にして頭に思い浮かべ、そのまま手の中に握り締めて、車に乗った。 いくらあったかも見ずに、車の小物入れに入れてお稽古に向かった。
お稽古中、お金のことはすっかり忘れて、終わって帰宅途中の車の中でちょっとどきどきしながら、ひたすら考えた。
うーん、いくらあったんだろう。ひっつかんだら、結構何枚かあったな・・。表に見た札の額がすべてだったら、どうしよう・・。数万円の額だぞ。 そんなお金をいったいどうしたらいいのだろう。 アメリカには交番ってなものないし、だいたいアパートの敷地内では、公共の場所ではない。 アパートの管理事務所に届けたところで、落とし主が現れるとは思わん。 またすべてのご近所に落としたかなんて聞いたって、みんな自分のだって言うに決まってる。
ひたすら考えたあと、同居人に相談してみることにした。 だいたいどういうか想像はついていたが、そんな何千万円という額でもないのは解っているので、警察に届けるのはしないと思うが・・。
こんなことを考えながら、さらに自分の子どものころを思い出した。 まだ小学生のころ、夏休みに祖母の家に行ったとき、近くの公園で遊んでいたら、たくさんの小銭を地面に見つけてしまった。
百円玉や、10円玉やらが10数枚。 せいぜい200、300円だったと思うが、そんときの私にしたら拾う額としては結構なもの。 全部かき集めて考えた末に、すぐ近くにある交番に届けにいった。
おまわりさんは、「ありがとう。」といいながら、ちょっと戸惑った顔をしていた。 私はいいことをしたと、ほくほくだったが、大人のおまわりさんにしては、「こんなくらい持ってこなくても良かったのに。」だっただろう。 それくらい、私は子どものころから、頭に「バカ」がつくくらい正直だったのだ。 今でもそんなところがあるから、お金を拾っただけで心臓がバクバクしているのだ。
家に帰って、同居人も帰ってきた。 同居人に言うのも実は最初迷っていた。 絶対、「もらっとけ。」というのは解っていた。
数万円にしたって、私にしたら結構な額。落とした人がきっと困ってるだろうと考えると、おおっ、ラッキーと簡単に自分のものにしがたい。
で、同居人に話をしてみた。
いくら、あったのかも見てないんだよね。結構つかんだときに、何枚もあったから。 車の小物入れにまだ入れてたまんまだけど。
同居人は食っていた晩御飯もそこそこに、車にすっとんで行った。結局全部同じ額ではなく、全部数えてみると、一万円ちょっとのドル札だった。
ちょっとほっとした。 (ただの小心もの)
同居人曰くやはり、もらっとけ。ということだった。 私が前述で考えたことプラス、そんな何枚も4つ折にして、地面に落とすということはポケットから落としたに違いない。 そんな粗末に扱う気が回らない奴だから、落とすほうが悪い。 うんねん、かんねん・・・。
額が中途半端だと解ったので、結局手元において置くことにした。
ひょっとしたら、今年のクリスマスを楽しく過ごさせてあげとうという神様からのお小遣いかもしれないし・・・。
普通他の人だったらどうするだろう? 聞くだけ無駄?
| すまいるの日常 | 15:11 | comments(4) | trackbacks(0) | TOP↑




