すまいるの”メインは前菜ほどに”

シアトル生活16年目、長年独身保った関西女と同居人がとうとうゴールイン。前菜からメインに・・。

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カーマ信じます? 

そういえば、思い出した。 4月24日で、

在米14年記念っっ

でした。 それだけ。

もう、15年目だわ~。 ああ、時が経つのは早い。 子供が生まれて高校生になるだけの月日が経ったのだ。 おお、怖っ。


さて、今日はそんな話しでない。(一応、関係ない前置きがね、欲しいンです。)

アメリカのお騒がせ元プレイメイトのA.N.スミスが突然死したとき、こうささやかれた。

「Bad Karmaだ。」

日本語でぴったしくるのって、因果応報? カーマってもう日本語にもなってるかと思うけど、散々人に悪いことしてきた彼女だから、若くして突然死ぬのも巡りめぐって受けた罰だと、言う人がいる。

その中に私達がいる。

超がつくくらい無宗教の同居人と私だが、こういう因果応報とか人にいいことをすればめぐりめぐって自分にいいことが返って来るっていうのを否定はしない、どちらかというと信じている。 

昔からそういうことはいろんな人に言われてきたことだが、日本にいたころはそんなのなかなか実行はできなかった。 特に街角であった知らない人には親切にできるだけの勇気がなかった。

なぜ、勇気ってものがいるのかな? と、今思えば不思議だけども、日本って社会は周りの人がやらないのに、自分だけがぬきんでて違うことをやるのは、悪いことでもいいことでも避けたがる。 

悪いことして恨みも、いいことしての妬みも人から受けることがある。

この経験や感情がアメリカに来てずいぶんと減った。 ねたみ、恨みが日本にいたころより少なくなったと思う。

イージー・ゴーイング(お気楽)な性質の人が多いのか、人のことは人のこと。 自分は自分。 よく勘違いされがちなアメリカ人の個人主義はそういうものじゃないかな。


同居人も喜怒哀楽が激しい奴ではあるが(まじ)、こやつほど表裏がないのもいないのでないかというくらい、いつでも誰にでもしゃべり方や態度は同じである。 だから、人に警戒心を持たれることがほとんどないのだが、人との接し方もかなりさっぱりしたもんである。


ちょっと簡単にさっぱりしてる?例をあげると(本題とちょっとはなれるよ、おい。)、先日いつものいきつけバーにまた行った時のこと。 

同居人のバンドのメンバーやら、いつもの音楽、飲み仲間が集まっていた。 その仲間♀が新しい友達(ルームメイト)というアジア系の女の子を連れてきた。 

小柄な(アメリカ人と比べたら)かわいらしい子である。 

ぜったい、同居人のバンドのJがひっかけるぞ、と内心思いながら、ちろちろ彼のほうを見ていた、私。(趣味わるい?)

帰宅してから、同居人に話してみたら、やっぱり、同居人もJに「彼女にアタックしろ!」とそそのかしたらしい。「もちろん!」とJはノリノリで彼女に話しかけるが、第一印象はおとなしく、物腰柔らかなJの話しかけに、彼女はまったくの無関心。

いっておくが、Jはどちらかというと、見た目(強調)は、美少年タイプである(うはははは)が中身はコメディアンか道化師である。今までいろんな女の子が興味を示したくらい「見てくれ」はいいほうだ。

なのに、彼女はからっきしJに興味がないかのように、返事は最低限しかしなかったらしいのである。

ところが、Jとはまったく違うアプローチの同居人は、始めて会う彼女が私達の輪に加わったかと思うとおもむろに、

「お前は誰だぁ?」

傍目からみたらかなり失礼な声のかけ方だが、これが同居人の性格である。 このかなりラフな話しかけに彼女はおだやかに、一言以上で応えたらしい。


私が思うに、普通いつも男に興味がある女の子ならまだしも、ちょっとシャイな女の子なら、Jのようにやわらかく最初から接近されると、下心があるんでないか?と思うんでないだろうか。本人の名誉のために言っておくが、Jはそういう奴じゃない(と思う)。

返って、同居人のように一見(一聞?)きつそうな話かけられ方されて、さらっと終わるほうが人は返って、とっ付き合いやすいときがあるんでないだろうか?


えらく話がそれたが、そんな同居人は道端で身障者の人が困っていても物怖じせずに助ける。

シアトルダウンタウンで日本文化の祭典?「桜祭り」があったので行ってきた。 会場に向かっていると、車椅子の男性が目の前を通りすぎようとしていた。 彼が段差のあるところを通ってガタンと前輪が段を通った拍子に足を置く金属の板が外れてしまった。 

足だけでなく、どうも手も言葉も不自由らしい。 なかなかもとにもどせないでうんうんうなっている彼に同居人がすかさず、「ヘルプいる?」と近づいた。

つたない言葉だったので、その彼がいったいどうしてほしいのかぜんぜん最初わからなかったのだが、私も一緒に考えてなんとか納得してもらえるように直してあげた。 

「アンュー(サンキュー)」

ちょっとよだれを垂らしながら、ニカッと笑って車椅子の彼は去っていった。


物怖じせずに人に接する同居人に釣られて私もずいぶん社交的になったが、それで同じように人を助けて挙げられるようにもなった。 同居人だけでない、人を自然に助ける行動は、他のアメリカ人からも学んだ。 
祖母や母に似てか、日本にいるときから一応人の喜ぶことをするのが好きな私ではあったが、これで物怖じしない心が備わって、きっとカーマも良いに違いない・・・と信じている。


オーバーオールに人生見てみれば、いいんじゃないかなって思う。

(どーも、こういうトピックにすると、内容と落ちがもひとつ・・ていうかね。)



今週はいつもよりもっと合気道三昧になるので、更新は滞るかと思いまする。 ということで、長いの書いちゃいました。 ほな。

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