すまいるの”メインは前菜ほどに”

シアトル生活16年目、長年独身保った関西女と同居人がとうとうゴールイン。前菜からメインに・・。

04«1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.»06

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 /  Trackback -- /  Comment --

△page top

合気道でまた母国の文化を思う 

えらくご無沙汰してしまった。 合気道関連プロジェクトと講習会で7日間連続やった週はさすがに更新する間が無いだろうと予告したのだけど、そのあとウェディング関係で忙しくなって、いや~、まいったまいった。

合気道の講習会(セミナーといっている)は通常金、土、日と3日間連続あり、うちの道場の場合、土曜日の夜はポットラック(食べ物持ち寄り)パーティをやって先生や道場生その家族が集まって、話ししたり、やんや騒ぐ。

よその道場でもやってるのかは知らないが、うちのセンセーはどうやらパーティが好きらしいので、必ずあるのだ。

今回センセーの先生であるI先生(日本人男性)だったので、特に私は楽しみにしていた。 こっちで合気道を始めただけに、日本人の先生から習ったことがなく、どういうお稽古させてもらえるのか、とっても楽しみだった。

何度も繰り返される言葉は英語でも日本語でも同じで、言葉だけではぴんと来ないものだった。 なんどもなんども何年も練習して、ようやくだんだん分かるようなもの。 

「力じゃないんですよ。相手の体の中心に自分の気を動かすのです。」

そんな、マジシャンみたいなこと・・・。 合気道始めて8ヶ月のひよっこにおいそれと解りまへんがな。 はいっと元気よく返事はしたものの、ちっとも言われたとおりに相手が動かせん。

形になっていない人のところへI先生が回ってきて、指導される。特定の人に指導されるときは、その人の相方、また周りの人は見て覚えようと、円を描くように先生を囲ってさっと畳に座る。

指導が終わったら、見ていた人たちは手を畳に突いてお辞儀をし、またそれぞれの相方と稽古に戻る。


I先生は在米長い(コロラド州在住)のだが、日本人というのは年を取っても日本の何かがなくて恋しくなるのか、数少ない日本人に対しては、日本語で説明されていた。

私のところへもささっと来られて、指導していただく。 私の相方、周囲の人がさっと座ってみている。 でも、周りはほとんどアメリカ人、先生は気にせず私に日本語で説明される。 

見てるだけでもだいぶ勉強になる。「見取り稽古」という見る稽古もあるくらいだから、日本語がわからなくてもいい。

あとで、道場の先輩にぼそっと言われたけど。

「日本語わかる人間が少ないんだけどなぁ~、先生。」

シアトル近郊のほかの道場から来られた数少ない日本人の方とお会いした。 日本でも合気道されていたらしく、黒帯締めておられた。 また、お会いしたらいろんな話しさせていただこう。

その彼とちょっと立ち話していた。 日本人少ないだけに、日本語が道場に響く。 いつの間にかI先生が傍に立っておられた。 にこにこと変わらず、やさしそうな表情で会話に加われた。


うちのセンセーが言っていたことがあった。I先生の英語が年を取るごとにひどくなっているような気がすると。 うーん、私にも見に覚えが・・。 

日本語ペーらぺらのうちのJ先輩が言ってた。

「I先生はたぶん、英語しゃべるのがもうおっくうなんだよ。日本語だったらもっと指導しやすくなるのにって歯がゆいんだと思う。」

外国に移り住んで、完璧に地元民のようになってしまう人もいるが、たいていは、自分の母国の言葉や文化は忘れられないし、変えたくも無いもの。 

以前どこかで聞いた事がある。 いくら長年外国に住んでいても、年を取って覚えているのは母国の言葉だと。

そうじゃない人も過去に会ったことあるけど、そういう人のほうが稀かもしれない。


土曜日のポットラックでなぜか私は超日本的な食べ物を作ってもっていこうと思った。 道場生や先生は日本食好きな人もいるが、I先生にお会いする前からなんとなく、そうしようと思った。

簡単な掻き揚げ天麩羅作ってもっていった。 「お疲れ様でした。」と声をかけていただいた先生に「天麩羅もってきました。」と言ったら、「いいですねぇ。」とうれしそうにされていた。

やっぱり、日本食は食べれるもんなら、食べたい。 コロラドにはあんまり日本食がないらしい。 道場近くに日本食スーパーがあると知って、昼休み中にJ先輩に連れられていった先生は、大福や梅干などしこたま買い込んでおられたとか。


また、先生が来られたら、また超日本食を作ってポットラックに行こう。 それより、技や動きがうまくなっているようにお稽古しなくちゃな。

スポンサーサイト

テーマ: アメリカ生活

ジャンル: 海外情報

△page top

カーマ信じます? 

そういえば、思い出した。 4月24日で、

在米14年記念っっ

でした。 それだけ。

もう、15年目だわ~。 ああ、時が経つのは早い。 子供が生まれて高校生になるだけの月日が経ったのだ。 おお、怖っ。


さて、今日はそんな話しでない。(一応、関係ない前置きがね、欲しいンです。)

アメリカのお騒がせ元プレイメイトのA.N.スミスが突然死したとき、こうささやかれた。

「Bad Karmaだ。」

日本語でぴったしくるのって、因果応報? カーマってもう日本語にもなってるかと思うけど、散々人に悪いことしてきた彼女だから、若くして突然死ぬのも巡りめぐって受けた罰だと、言う人がいる。

その中に私達がいる。

超がつくくらい無宗教の同居人と私だが、こういう因果応報とか人にいいことをすればめぐりめぐって自分にいいことが返って来るっていうのを否定はしない、どちらかというと信じている。 

昔からそういうことはいろんな人に言われてきたことだが、日本にいたころはそんなのなかなか実行はできなかった。 特に街角であった知らない人には親切にできるだけの勇気がなかった。

なぜ、勇気ってものがいるのかな? と、今思えば不思議だけども、日本って社会は周りの人がやらないのに、自分だけがぬきんでて違うことをやるのは、悪いことでもいいことでも避けたがる。 

悪いことして恨みも、いいことしての妬みも人から受けることがある。

この経験や感情がアメリカに来てずいぶんと減った。 ねたみ、恨みが日本にいたころより少なくなったと思う。

イージー・ゴーイング(お気楽)な性質の人が多いのか、人のことは人のこと。 自分は自分。 よく勘違いされがちなアメリカ人の個人主義はそういうものじゃないかな。


同居人も喜怒哀楽が激しい奴ではあるが(まじ)、こやつほど表裏がないのもいないのでないかというくらい、いつでも誰にでもしゃべり方や態度は同じである。 だから、人に警戒心を持たれることがほとんどないのだが、人との接し方もかなりさっぱりしたもんである。


ちょっと簡単にさっぱりしてる?例をあげると(本題とちょっとはなれるよ、おい。)、先日いつものいきつけバーにまた行った時のこと。 

同居人のバンドのメンバーやら、いつもの音楽、飲み仲間が集まっていた。 その仲間♀が新しい友達(ルームメイト)というアジア系の女の子を連れてきた。 

小柄な(アメリカ人と比べたら)かわいらしい子である。 

ぜったい、同居人のバンドのJがひっかけるぞ、と内心思いながら、ちろちろ彼のほうを見ていた、私。(趣味わるい?)

帰宅してから、同居人に話してみたら、やっぱり、同居人もJに「彼女にアタックしろ!」とそそのかしたらしい。「もちろん!」とJはノリノリで彼女に話しかけるが、第一印象はおとなしく、物腰柔らかなJの話しかけに、彼女はまったくの無関心。

いっておくが、Jはどちらかというと、見た目(強調)は、美少年タイプである(うはははは)が中身はコメディアンか道化師である。今までいろんな女の子が興味を示したくらい「見てくれ」はいいほうだ。

なのに、彼女はからっきしJに興味がないかのように、返事は最低限しかしなかったらしいのである。

ところが、Jとはまったく違うアプローチの同居人は、始めて会う彼女が私達の輪に加わったかと思うとおもむろに、

「お前は誰だぁ?」

傍目からみたらかなり失礼な声のかけ方だが、これが同居人の性格である。 このかなりラフな話しかけに彼女はおだやかに、一言以上で応えたらしい。


私が思うに、普通いつも男に興味がある女の子ならまだしも、ちょっとシャイな女の子なら、Jのようにやわらかく最初から接近されると、下心があるんでないか?と思うんでないだろうか。本人の名誉のために言っておくが、Jはそういう奴じゃない(と思う)。

返って、同居人のように一見(一聞?)きつそうな話かけられ方されて、さらっと終わるほうが人は返って、とっ付き合いやすいときがあるんでないだろうか?


えらく話がそれたが、そんな同居人は道端で身障者の人が困っていても物怖じせずに助ける。

シアトルダウンタウンで日本文化の祭典?「桜祭り」があったので行ってきた。 会場に向かっていると、車椅子の男性が目の前を通りすぎようとしていた。 彼が段差のあるところを通ってガタンと前輪が段を通った拍子に足を置く金属の板が外れてしまった。 

足だけでなく、どうも手も言葉も不自由らしい。 なかなかもとにもどせないでうんうんうなっている彼に同居人がすかさず、「ヘルプいる?」と近づいた。

つたない言葉だったので、その彼がいったいどうしてほしいのかぜんぜん最初わからなかったのだが、私も一緒に考えてなんとか納得してもらえるように直してあげた。 

「アンュー(サンキュー)」

ちょっとよだれを垂らしながら、ニカッと笑って車椅子の彼は去っていった。


物怖じせずに人に接する同居人に釣られて私もずいぶん社交的になったが、それで同じように人を助けて挙げられるようにもなった。 同居人だけでない、人を自然に助ける行動は、他のアメリカ人からも学んだ。 
祖母や母に似てか、日本にいるときから一応人の喜ぶことをするのが好きな私ではあったが、これで物怖じしない心が備わって、きっとカーマも良いに違いない・・・と信じている。


オーバーオールに人生見てみれば、いいんじゃないかなって思う。

(どーも、こういうトピックにすると、内容と落ちがもひとつ・・ていうかね。)



今週はいつもよりもっと合気道三昧になるので、更新は滞るかと思いまする。 ということで、長いの書いちゃいました。 ほな。

△page top

見かけは大事 

今日はシンコ・デ・マヨって、メキシコのお祭りらしいんだが、メキシコからの移民が多いアメリカに長いこと居ながら未だになんのお祭りだか知らない。

ヒスパニックの血を引く同居人に聞いてみてもヨーク知らない。 奴に言わせれば、

飲めりゃいい。 さよか。


合気道関連ネタついでに、もういっちょ、でも今度はただ自分のやったプロジェクトの写真をのっけたかっただけ。 

天気がよくなってくると、プロジェクトをやりたくなる自称「プロジェクトオタク」の私は、数週間前から道場の看板を書くというのをやっていたのであります。

そんでもって、ようやく今日、完成~ ちょっと字は小さめ


同居人のバスドラ(ドラムセット)に白い漢字を書くときにもかなり方法を考えたけど、今回無垢の木の板にかっこよく書道を施すのはまた、違うやり方を考えないといけなかった。

道場の外に掲げる看板の板に字を書くには、水性ではいかんし、木にうまくのる塗料でないといかんし、習字筆がつくる跳ねなどうまく出せるくらいスムースな塗料でないといかん。 何がいいんだろう・・。

アクリル絵の具がええんでない?

同居人のほぼ鶴の一声。 かねてからアクリル画をやってみたかったので、ちょうどいい。 さっそくテスト用の絵の具を買って来て、テスト用の木の切れ端に塗ってみた。 生の木にうまいこと伸びるでないか。 おし、そのまま続行。

board
板が160センチ以上もあるんだわ。サンドペーパーかけて・・・。

sign
コピー機でPCからプリントした行書体?フォントを拡大して、板に書き移した。それをアクリル塗料でちまちま塗る。

sign
思ったより字は書きやすかった。

sign
アクリルは乾いたら油性らしいんだが、木の表面は雨風で腐らないようにちょっとウレタン系でシール(封じ込む)しないといかん。 てかてかにならないサテン剤を使ってみた。

sign
ごっつう、ええ感じ。


センセーや道場のみんな、気に入ってくれるかなー。

テーマ: アメリカ生活

ジャンル: 海外情報

△page top

中味が重要 

ゴールデンウィークをエンジョイされてますか、日本の皆々様。(いったい、何人日本在住の読者がいるんだろう。) 海外在住者からは、「日本は祝日が多い。」とぶつくさ言っているのをよく聞きますが、それくらいしないと、ほんと、休もうってしないんでしょな。


おととい、道場に行ったら、6級の証書が来ていた。 たかだか6級だけども、うれしい。 こんな証書もらったのなんて、いったい何年ぶりだろうか。 ひとつの達成感を感じる。

こちらで、カレッジを卒業したとき? ドイツ語クラスを修了したとき? 日本語の証書なんて、あーた、高校とか専門学校卒業したとき以来でないかな。

習い事に関しては、小学校のときにやってたそろばんにお習字。 そんなもの中途半端で終わったので、大した証書でもない。

この合気道はできたらほんと段まで行きたいもんだす。


その証書をいただいて、まじまじ眺めておりましたよ、ええ。 自分の名前が漢字とかで書かれておらんかのぉ~とひそかに期待していたのだけども、私の名前を漢字で書くとと聞かれもしなかったので、やっぱりカタカナか・・と見たら、普通にペンでアルファベットで書かれている。 なぁ~んだ。 

道場に飾ってある先生の段の証書は、カタカナでしかも筆ペンかで綺麗に書かれてあったけど、級くらいではふつうのペンでしかもアルファベットか。(申し訳ないが、字もそんなに達筆というのでない。)

さらに眺めていたら、おや? 漢字で書かれてある取得日がおかしい。

二〇〇七年三月三五日

3月って35日までありましたっけ?

しかも、さんじゅうごにしたかったとしても漢字で書くには「三十五」のはず。 

思わず、センセーに名前とかは、センセーが書いたのかどうか聞いてみた。(取得日とは言わない。) そしたら、アメリカ合気会の師範、○○6段?が書いたに違いないという。

うーむ。 センセーが何かおかしいか聞くので、センセーが書いたんじゃないなら、と日付の漢字がおかしいといってみた。 (もし、センセーが書いたんなら、だまっとこと思ったんだが。)

ちょっと、眉をひそめてしまったセンセー。 

「そりゃ、気になるなぁ・・・。」

せっかく教え子が証書もらったのに、間違ってたらね・・。 

ま、いいや。 証書もいいけど、できることが大事だし 


それより謎は、取得日は3月15日だったんだけど、どうして三五日になってしまったか。 三月はあっているのだから、三は3だと知っているはず。 十五の十がどう三に摩り替わってしまったか・・・。

センセー曰く、

「3x5は15?」

無理があります、それ。

テーマ: アメリカ生活

ジャンル: 海外情報

△page top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。