すまいるの”メインは前菜ほどに”

シアトル生活16年目、長年独身保った関西女と同居人がとうとうゴールイン。前菜からメインに・・。

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忘れられない道端の面々・番外編 

夜中1時にうとうと寝かけてたのをたたき起こされ、自分の車が駐車場で当て逃げされたの夢で欲しかった・・・と今朝まで願っていたが、紛れもなく実際起こったことと確認した、すまいるです。 このお話はまた別に書きますわね・・・今そんな気分になれないもので。(T_T)


冒頭の泣けに泣けない夜中の出来事のその日、前日から痛くなってきた喉から風邪にすまいと、一日中のど飴をなめていたがために、口の中があまったるく気持ち悪いのと、過剰な糖分摂取で食欲はもひとつ。

もう適当に済ませたいので、同居人には勘弁してもらって、自分だけ週末に行った中国系スーパーで買ったうどんを食べてみることにした。(同居人はうどん食べない。)

このうどん、おもいっきり中国製と書いてあるのだが、日本語でうどんと書いてあり、しかもうたい文句は、

udon

日本式


「式」と書いてあるところがちょっとはひかえめさを感じるでないか。

うどん4つ玉入りで、セールの$2.50だったもんで、中国製と知りながらつい買ったのだが、よーく調理例を見ると具は中国野菜だし、なぜか、紅しょうがなんか入っている。(らーめんちゃうっちゅーの)

で、なかを恐る恐る開けてみると、シンクパックされた麺はなんと、昔なつかし給食にでてきた、ソフト麺! うどんとはほど遠い形だが、その麺を見てちょっと味を期待してしまった。

で、念のため、調理方法を確認してみた。

udon tsukuru


見えない?

udontsukuru2


「地獄辛いぇーで」って、関西弁か?

しかも、辛いといううどんって漢字も間違えてるし。 だいたい、辛いんか?韓国風の間違いかと思って中をよーく見てもスープなんぞついていない。

スープは自分で作れと書いてもいないが、どうやったら麺だけで辛いうどんができあがるのかわからない。 どうやったら、こんな訳ができるんだろうか? きだまうみさん、是非中国文の訳をお願いします。


他国製商品の説明書きが奇妙な日本語で訳されている話は、各国でお住まいの日本人の方々が散々ブログで取り上げてられるし、私も個人的に実際、そんな商品を見てきた。

しかし、これは久々のヒットだった。 おかげさまで冒頭のいやーな気持ちが少しふっとび、気持ちが明るくなった。 ありがとう。

味は、やっぱりソフト麺でした、はい。


ちなみに、同居人がウケタのは、その横のイラストにある英語に、"Stir"か、"Mix"ならぬ、"Mingle"があったこと。 一応辞書では、Mixの意味でもあるらしいが、あんまり食べ物に使わない。 人と交わるときに使うことのほうが多いのだな。 

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テーマ: アメリカ生活

ジャンル: 海外情報

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30と50の手習い 

人の駐車場所に無断で車を留めていたのをどけてくれと言った私たちに、ごめんの一言もなしに、平気で笑顔であいさつしていくご近所が未だに理解できない、すまいるです。 私は自己嫌悪の塊みたいな人間だから、そう思うんでせうか?


また、道場発のネタでもーしわけござらんが、私にとって人間模様が次々と見える場所なので、どんどん使わせていただきたい。

今回のネタの主人公は、センセーではない。そのうちセンセーのキャラクターをもっと解って紹介できたら、ファンでもできるんでないかと思うのだが、今回はちょっとお休み。

私の2ヶ月ほどあとに入ってきた、50代後半だろうと思われる男性のこと。 

彼のことはちらっと、過去のログでも触れさせてもらったけど、日本の文化にも興味を長年持っておられたとかで、いろいろ合気道のことは調べられていたらしい。 センセー曰く、かなりの通とか。 ようやく念願かなってうちの道場に入門されたのだが、週2回の初心者クラスにこまめに通ってこられる。

私が30代後半で、今から武道を習うって遅いかなぁ・・・と躊躇していた時期があったのだが、彼はどう見ても50代後半。 背はあるし、大きな人ではあるが、その年齢で(失礼)よしっと決断されたのはすばらしい・・と毎回彼のお稽古を見ている。

もうひとり、同じ日くらいに入門されたおそらく30代の男性も熱心ではあるが、どうも私としては、こちらの50代男性にひそかに「頑張れ」エールを送っている。

でも、年齢はともかく、やりたいという気持ちはほんとうに大切なのだな・・と痛感した。 先日のお稽古では、それまで混同して毎回間違えていた入り身転換もようやく慣れたのか、それよりももっと複雑な合わせ技を不安そうではあるけれど、ちゃんとこなしていた。

雑談はなるべく避けようと思うので、あえて彼にはなにも言わなかったが、心の中でうまくなりましたね!とつぶやいた。


武道だけに限らず、なんでも始めようというのは、年齢を経ると腰が上がりにくくなると思う。 でも、誰かが言ったみたいに、なるをするにしても遅いということってないのだなぁと感じる。

昔、母親に私の将来を考えて、英語をまた習いだしたらどうや?と言ったことがある(若いとき、近所に住んでいた外国人の家庭で教えてもらってた)。 孫ができて、英語ばっかりしゃべっていたら、会話もできずにつまらんだろうと思ったのだ。

でも、母からの反応はやはり、

「こんな年取ってから、べつにいいや。」

だった。 孫のほうが日本語をしゃべってくれ・・という希望だった。 何人もアメリカ人と日本人カップルの子供を見てきたが、小さいころから、バイリンガルかどうかは、子供による。(親にもよるけど。)

ま、母にはすでに習い事をいろいろしていたし、仕事もしてるし、それ以上頭にぶちこむことを増やしたくなかったのだろうけど、自分が国際カップルの子供の祖父とのやりとり場面に出くわしているだけに、ちょっとした提案だったのだけど・・。(ま、いいけど。本人次第だし。)

実際、そのずいぶん前に日本の新聞で読んだコラムがあったので、よけいに提案してみたかったのだ。 そのコラムというのは、

80歳の女性がアメリカのまた同い年くらいの一人暮らしの女性のところへホームステイに単身乗り込んだ・・

という記事。 

年齢だけに、英語を覚えるのも土地の文化や習慣に慣れるのも若い人の倍以上かかった・・というような記事が書いてあったが、そのとき私は確かまだ20代だったように思う。 ひどく感動したもんだ。

実際、合気道は老若男女、誰でも始められる・・といううたい文句?をよく読んだために、自分でもできるかな、と見学しに行ったのだが、ほんと始めてよかった。

これから、子供のころから好奇心の塊の私は、他にもいろいろ挑戦してみると思うが、年をもっと取ってもできるお稽古事が見つかったので、気長にやっていこう。 

そういえば、子供のころにやっていたお稽古事はもうほとんど長続きしていないが、まだたまーに思い出したようにやるのは書道。 小学生のころにやって、卒業するまでに止めてしまったので、上達はしてないが、たまに筆を取って、墨を磨る。 これもとはよく言ったもんだ。 書き出したら、納得いくまで何枚も書いている。

で、また一年後くらいにやるんだけども(笑)。 



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初心とジンクス 

お弁当はやはり、冷たいまま食べるべし、と思う、すまいるです。
家でお弁当を食べることになっても、お弁当箱に入っていれば、冷たいまま。でも、お皿に入っているとチンしたい。


さて、突然ですが、こんなジンクスを信じますか?

「習い事中などや、何かに挑戦していて、ちょっと自分でうまくなったな~と思った途端に戒めの罰が下る。」

いや、どっかで聞いた事ある。 日本にいたときだったか覚えてないけど、ある。 特にスポーツでの戒め罰がかなりキツイ。 

うまいことできたじゃーんと自負した途端に、スキー教室では、顔から深雪に突っ込むくらいの転び方したとか、器械体操部で跳馬用に使っていた跳び箱(テープで段を貼って留めておく。)に思いっきりつっこんで、跳び箱をぶっ壊したとか、計り知れない。


いきなり、こんなことを思い出したのは、もちろん、合気道の道具の練習を家でやっていたとき。

杖(ジョウ)と呼ばれる130センチ弱の棒を武器として、木剣(ボッケン)(木刀ともいふ)とともに技をお稽古するのだが、まだまだ私は初心者なので、扱い方から家で練習している。

ウォームアップにやる、杖を右手、左手と移しながら、くるくると回す。 前方、後方と回す。 たまに、指一本、一本の上で転がしていく。 この基本練習がなかなかうまく行かなくて、肘やら足、腰に打ち付けること多しなのだが、最近はだいぶ慣れてきた。 指の上で転がすのが難しくて、練習を重ねていた私、

おおっ、だいぶうまくできたじゃーん!

と、横浜弁ばりばりかました途端、

すっこーんっ

思い切り頭のてっぺんに自分で杖を打ち込んだ。 

イッタぁーいいっっ (日本語で)

同時に、横にいた同居人がゲラゲラ笑う。(奴は「痛い」という日本語を覚えているのであります。)


同居人が言った。

「ちょっと一瞬うまくなったからと言って、そういうことは言うもんじゃない。 ビギナーのジンクスを知らんか?」

昔、同居人が混合武道道場で、合気道を習っていたときのこと、ヌンチャクも遣り始めたころに、自分でもうまくなったと思ったときがあったとか。 

「うまいじゃんか、俺!」と言った瞬間、やはり、自分の前頭部に思い切りヌンチャクの柄を打ち込み、もう少しで失神しそうになった。 

マットに仰向けに倒れこみ、トムとジェリーがごとく、頭上に小鳥が飛び交っている状態の同居人に先輩がやってきて、ビギナーズ・ジンクスを教えてくれたそうな。 二度とうまくなったと思っても言うなと。

ほぉー、アメリカでもやっぱ、そんなのあったんだな、と感心。


やはり、初心忘れるべからずという戒めなのである。 じゃあ、逆に「へたくそやのぉ、わたしゃ。」と言えば、うまくなるんであろうか・・・と考えた私はひねくれもんであった。

テーマ: 合気道

ジャンル: 学問・文化・芸術

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うそつきは頭いい 

いい加減、美容院に行きたいが、やりたい髪型がない、アジア系の髪の毛に慣れてるうまい美容師が見つからない、お金がないとか言い訳しているが、結局は行くのが面倒くさい、すまいるです。


さて、久々にチビのネタ。 あんまり、良い状況じゃないので、ネタにするかどうかちょっと迷ったけど、自分の立場についての考えも書いてみようかと思うので、全部書いちゃおう。


事の発端は先週のこと、同居人の息子チビの母親(同居人の元妻)が泣きながら同居人に電話してきた。 チビが学校で悪さをして、それがだんだん彼女の手に負えなくなってきたというのだ。

なんの悪さかと思えば、学校でのお行儀が悪く、先生ににこちゃんマークじゃなくて困ったチャンマークを立て続けにもらったのに、母親に見せずにうそをついて、また、そのお行儀カードを母親に見せたと先生にうそをつき、さらに、そのことをお行儀カードについて聞いた母親にもらってないとかなんとか、うそをつきまくったというもの。

学校の成績はすこぶるよく、日頃から頭が良い子なのだが、どうも学校で勉強が簡単すぎて、つまらないのか、他の子どもにちゃちゃを入れてじゃまをしたとかで、その困ったチャンマークをもらったらしいのだが、問題は先生にも母親にもうそをつきまくったということ。

叱られるのをさけるために、巧みにうそをつきまくったのは、チビにしたら、頭の良い行動かもしれないが、やはり7歳。 大人にうそをつくことは、さらにチビを悪い方向へ持っていっているということが解るほどはまだ頭が良くなかった。

いつもは、ちょっとあまやかし気味の母親だが、さすがにそのことが発覚してからは、TV禁止、おもちゃ禁止、TVゲーム禁止、おやつ禁止、しかも就寝時間1時間繰上げ、という厳しいお達しがでてしまった。

うちに週末だけくるチビだが、同居人は元妻より、父親らしくしつけに厳しいので、うちでも同じように、すべてが禁止。


あたしゃ、それを聞いて、

困ったもんだね。 頭がいいっていうのも、そんな子どもを持つ大人は大変だわ。 

なんて、思った。同時に、同居人の子どもに対して、どう対応しようか考えた。 両親がそれなりに厳しく対処しようとしているのに、私だけいつもと同じような行動を取るわけにはいかなし、かといって、親でもないのに、同じように口うるさいのもどうだろう・・と。


ストレスたまりそうだったので、土曜日の朝、2時間ほど自分ひとりで、必要なものの買い物をウィンドウショッピングがてらに出かけてしまった。

答えはでないが、家に帰ってきて、とりあえず、いつものように、なるべく必要以上の口を出さずに、同居人の親としてのしつけを見守っていた。 

しかし、チビは母親と父親の同居人と両方にながーいお説教(というより、アメリカ人の場合、お話)をくらったのにも関わらず、それが終わったら数分後には、ケロッとしている。

同居人には、「デザートないの?」とか、「お父さんがXボックスやってるの見てていい?」とかぜんぜん懲りてないように、私には見える。

私が子どものころ、親に叱られたら、半日くらいは母も怒っていて、私も何時間も落ち込んでたっけ。 まともに、喜々として親に話しかけられなかった。

だのに、チビといえば、いっつも叱られても、数分後にはもうケロッと叱られた内容を忘れたかのように、欲しいものを要求する。 私はまじで、

こいつ大丈夫か? なんかの症候群?

とか、思ったものだ。

そこで、私も、同居人に合わせて、いけないことをしたということをわからせ、周囲の大人をがっかりさせたことを教えるために、チビが同居人に要求して通らなかったことを、私に耳打ちしようとしても、

「何すんの? 私はコントロールできるポジションにいないよ!お父さんに聞きなさい!」

と耳打ちを拒否した。 すると、チビはジダンダ踏んでいた。 その行動をあとで同居人が説明してくれた。

「母親が以前一緒に住んでいた彼氏に良く、チビは、母親が要求を拒否すると、その母親の彼氏に言って、その彼氏が母親にチビの要求が通るように仕向けるという技を奴は使うんだ。頭がいいけど、彼女の彼氏がチビの立場を守るんで、彼女は母親の仕事ができなくて、彼を捨てたんだよ。」

へぇぇぇぇ~。 じゃあ、私は自分の立場的にどうしようか悩んだあげく、チビの将来を思って、あまやかしてはいけないと、やってはいけないこと、やらなきゃいけないことをたまに注意し、同居人と同じ立場を保ったことはよかったんだ・・・・。

たまに、同居人の注意の仕方がまずいと思えば、こっそり、ちょっとそれはいい言い方じゃないよ、と言ったことはあったけど、親がすることを別の大人が取り消すようなことを言っては子供がつけあがる?原因になるんだ。


今日、チビが母親の元へ帰るとき、私は大きな声で言った。

お母さんを泣かせないようにね!いい子でいるんだよ!イエス?

チビは親指を挙げて見せた。(OKということ。)

自分だって、子どものころ親を泣かせただろうに、人間大人になると、立場を変えて、また子どもに言われたことを言わなきゃならないんだな・・ってフクザツな気分になった。

せっかく、チビは頭がいいのだから、悪いほうに使うようなバカな大人にはなってほしくないもんだ。


テーマ: 海外で育児

ジャンル: 育児

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日本文化の影響かただの癖? 

日本の消防員で高齢化が進んでいると読んで、アメリカじゃ、9・11以前からの人気職業で、熱い男達のせくしーなカレンダーまで大人気って、おじさまたちに是非教えてあげたいと思う、すまいるです。ちょっと~触発してはダメ。


また、道場での文化再認識?ネタ。

その1:マナー違反の注意
どこの道場にでもマナーというものがある。アメリカの合気道道場とはいえ、最低限のルールがあり、それを紙に書いたものを入門してきた者にすべて渡してよーく読むようにセンセーは言う。

でも、大概は私も含め、中途半端に読んでいたり、読んでても実際どう行動起こせばいいのかぴんとこず、あとで先輩に言われたりすることもある。

センセーが注意するときは、いつもお稽古の最初か最後のあいさつのときに、誰がどうしたとか特定することなく、「ちゃんとマナーとルールについてを読むように。」とだけ。 あきらかに、誰のことを言っているのか本人以外、周囲がわかっているからか、センセーはその誰かのところへ言って、こうこうしなさいとは言わない。 

私がちゃんと読んでいなかったとき、「マナーとルールについてを読んだかい?」と直接言っては来られたけど、私が何をまずいことをしたかは言われなかった(ちらっと記事に書いたね。)。

これって、最初は、日本のマナーをかなり取り入れている合気道だから、このようにまわりくどーく言うのかと思っていた。 でも、最近はセンセーがこういう人なんでないかと思い始めた。

センセーはアメリカ人のわりに、お稽古中、前後の注意の仕方にしても、なんかこう・・・回りくどいのだ。(ごめんセンセー)

注意するときは、やっぱり、みんな日本にもあんまり行った事もなく、日本人に関わったこともないアメリカ人が多いので、はっきり言ったほうがいいんでないか?と私は思う。日本人にしたら、はっきり物を言う私にしたって、はっきり言って欲しい。と、思ってしまうことが多々ある。

でも、マナーにあるように、「お稽古中の失敗の言い訳をしない。」がごとく、言われるより、自分で気づきなさいってことは合気道での教えなのだろうか。(センセーの先生は日本人だし。)


その2:素振りの数を数えるとき
禊お稽古の日、木剣の素振りを1~10まで、すべての生徒が順番に数えながら、進めていった。 私は左端にいて、一番右の人から順番に始めた。 

イチッ、ニッ、サンッ

木剣をあわせて振る。

センセーが日本語でも英語でもどっちでもいいというので、日本語で始めた人がいた。私は「おお、いい心がけだ。」と感心していた。

途中で、六が抜けたり、五まで数えてあと英語とか、ちょっと笑いをこらえていた私だが、自分が数えていてふと気がついた。

順番に数えるとき、どうして、四はシッで、七はシチなんだろう?

それ言ったら、本とか個とか単位が変わるたびに、ヨンと言ったり、シと言ったり、ナナと言ったり、シチと言ったりするわけだが、この日の素振りで、私が最後に数を数える位置にいたので、他のアメリカ人はみんな、ヨンッ、ナナッ、と数えていたのだ。

イチ、ニッ、サンッ、ヨンッ・・ロクッ、ナナッ・・より、やぱりサンッ、シッ、・・・ロクッ、シチッ・・でないと、しっくりこないのはなんでだろう。

私が最後に後者のように数えたので、また最初のアメリカ人に戻ったときは、私と同じように数えた人もいれば、完全に日本語で数えるのをあきらめた人もいた。

あとで、なんでか聞かれなかったのはコレ幸いだった。聞かれたら絶対答えられない。 ただ、しっくりこない・・としか。


その3:技の速さを注意されるとき
これもその1に通づることなんだけども・・。センセーはときとして、ちょっと皮肉った注意の仕方をするときがある。(また、ごめんなさい、センセー。) 四方投げの練習をしていたとき、私の技のスピードを見て一言。

「技をしながら、動くときにシュッ、シュッ、ヒューッとか言ったらいいよ。」
また、なんのことだかわからないんで、私はぽかーんとしてしまった。

私がまだへたくそなくせに、早くやろうとするから、「やるな。」という注意なのか。 「すばやくていい。」というお褒めなのか。 まったく解らない。

センセーが日本人だったら、またそれはそれで悩むかもしれないんだけど、日本に合気道に長年かかわっているセンセーだからこそ、これが日本独特の回りくどい注意なのか、アメリカ独特のお褒めそのものなのか、お稽古終わって、家でシャワー浴びるまでずーっと考えた。

言われた直後、お稽古をしていた先輩に目で合図しながら、「言ったほうがいいの?」と助けを求めたのだが、彼もわかっていたのか、いなかったのか・・・。

センセーお願いしますから、はっきり言ってください・・・。

それとも、私が考えすぎ???


テーマ: 合気道

ジャンル: 学問・文化・芸術

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