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砂漠でバギーとキャンプ・その2

さて、気を取り直してバケーションネタに戻ろう。(ちょっとカリカリしてた。)


チビが初乗りで一番小さい50ccバギーをブイブイ乗り回していたが、御姉ちゃんところの坊主で、チビと半年しか年が違わないチビ2もおばあちゃんが購入した90ccのバギーでRVで作ったコミュニティ円の外をぐるぐる走りまわっている。

小さいバギーではこの円の外を走るしか、大人から許されていないのだ。遠出するほどの年齢でないことと、それをアップ&ダウンの激しい丘陵地を排気量の小さいバギーで乗りこなせるだけの技量がないから。

バギーはいくらがたがたの地面をしっかり走る乗り物だといっても、気をつけてないと曲がり方やアクセルの開け方次第で放り出されてしまうのだ。

chibi
冒険はちゃんと慣れてからよ。



ってなことを考えていたあっし、他の大人たちと薪の周りでほーっとのんびりおしゃべりしていたら、

うああああーーん

どこからか大きな泣き声が聞こえてきた。 どうもチビらしいが、トライアルのコンタクトでよく遠くが見えなかったあっしはどこから聞こえるのか最初わからなかった。 

ふとちょっと離れた公衆トイレのほうに緑のバギーだけが見えたら、他の大人が走り出した。 もちろん、一番にダッシュしたのは同居人だったが、どうやら、ちょっと冒険してトイレの前の少しだけコンクリを張ってあるところを通ったら、そこでバギーにほうりだされたらしい。

バギーのほうがトイレのちょっと先で止まっている。その手前でチビがひざをかかえてわんわん泣いているのだ。


同居人がチビをひっかかえて、RVに戻ってきた。ちょっと大き目の擦り傷ができていて、血がでている。 どうやら、擦り傷と中粒の出血だけで、骨には異常はないらしい。

砂地の上ならまだあのバギーとスピードで怪我もないだろうが、コンクリの上に投げ出されたのがまずかった。

しかし、大丈夫と知って、周りはホッとした。 ここで、甘やかすような同居人や奴の家族じゃない。 あっしだって、子供のころはガキ大将で田舎の田んぼを怪我しながら、力いっぱい遊んだ。

怪我がたいしたことなくてよかった。 でも、これでちょっと気をつけて乗ろうって学んだね。 

そういいながら、あっしもこうやって子供っていろんなことを学び、同時に大人も学ぶんだなと思った。 子供はなにが危険か学ぶには、もっと知識がある大人がそっと見ててあげることで大事に至らずに、小さな怪我で学べるんだから。

chatting
女性は薪の周りでほおーっとする。
すごい砂嵐が見える?


アメリカで信じられない怪我をする人が多いと昔感じたことがあった。それは、あまりにFearless(怖いもん知らず)、Reckless(向こう見ず)のほかに、危機管理ができてないんでないか・・と思ったことがある。

いい大人がこうなったらこうなるかも・・という常識と管理に欠けてるからでないかと思う。 


うちのチビ達が今のところ、何もあまり考えずにブイブイ乗り回しているが、幸いにして、周りの大人がしっかりと危険になりうることを教えて、ちゃんと目と気を配っているので、チビたちは幸せだと思う。

sand dune
小さめだけど、地平線が見える砂丘もきれい。


そんな感じで、安全に乗ることが大切と身体で学んだチビ(?)。 やっぱり、相変わらずチビ同士でお互い近よって走ってしまうが、ちょっとは身にしみたんでないかな。 しかし、今度はちょっと違う危なっかしいことをやってしまったのだ。 でも、これは監視、管理しなくてはならない大人の落ち度でもあったのだが・・。



続きはまた次の記事で・・(ってまた飛ぶ?)


| バケーション | 13:25 | comments(5) | trackbacks(0) | TOP↑

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最初が肝心

バケーションの話しの続きを書きたいんやけども、どうもこっちのほうが気になって仕方がないので、こっちを中休み(ストレス解消ともいふ)に書くぞ。


引っ越してきて一番あっしが気になるのが、隣人のノイズ。 メタルというやかましい音楽が好きな割りに、人やTVなどの生活ノイズはストレスが溜まるので嫌いなあっしである。

引っ越してきて2,3日は良かったが、最初にびっくりしたのが、上の階の住人。 どうやら、小さな子供と小型犬がいるらしい。 ベランダにある子供用の自転車と、引越し日にいきなり、ベランダから吠えられたんですぐにわかった。

マネジャー曰く、シングルマザーと6歳の女の子が住んでいるらしいが、ここからのノイズが2,3日後からどうも気になる。 古いアパートだから、多少の足音は仕方ないとしても、子供かがずーーーーーっとジャンプしているかのように、どすんどすんと夜にすごいんである。

ほんでもって、一番やかましかったのが、8時くらいにあっしが晩御飯を終えて、片付けているころからなんと夜中の11時くらいまで、そのジャンプは断続的に続き、しかも9時ごろから夜中の12時まで、断続的に今度は掃除機の音がするのだ。

同居人は騒音に慣れていて、TVの大音量でもガーガー寝られる奴だ。あっしほどは気になっていない。 しかし、あっしは元来こういう音が気になって仕方ないタイプで、ほんでもって、だんだん腹が立って、考え始めたら止まらなくなると、脳みそがフル回転して、どうにも寝られない。

翌朝、疲れて目覚めて、しっかりとマネジャーに「新しく引っ越してきたのが解ってないかもしれないんで、教えてやってください。」と注意してもらうようにお願いした。

夜中に普通掃除機かけるのかなぁ??(あっしなんか大抵、週末の午前遅くか、午後一番くらいですがね)

次の日は多少おさまった。夜中に掃除機かけちゃう母親だから、子供もしかったりしないのかなぁ。 しかし、6歳といえば、うちのチビと同い年、11時までおきてるの?ってびっくり。 うちのチビなんか8時過ぎには寝ちゃうぞ。


ほんでもって昨日の夕方は、横隣の住人。 ブームステレオみたいなのでぶんぶん音楽を聴いて、アパートビルに響くくらいの大声で話し、笑ってる。 つくづく思うけど、こういう人たちって「恥ずかしい」って思わないのかねぇ。 

いくらメタルバンドのドラマーの同居人も我慢ができなくなったらしく、壁をぶったたいていたが(それはあっしの十八番)、まったく気にする様子もないので、外にでて隣の玄関ドアをノックしていた。

「ちょっと音量さげてくれ!壁通って振動までくる。」

ソォ〜リィ〜

いかにも、すまさなそうに聞こえない女の声が聞こえてきた。 音量はちょっと下げたが、5分もしないうちに、音量が少しまたあがった。


あっしもロック音楽とか好きだが、音楽が好きなわけで、音を大音量にしては聞かない。 近所迷惑にもなりたくないし、だいたい大きな音で聴いてはしっかりと音楽が聞こえないし、メタルだからといって大音量で聴いて楽しいのはライブと車の中だけ。 

そんでもって、今日同居人が出かけた後にまた、隣人が数人(いったい何人で住んでるの?)で、またでかい声でポーチで話をして、バンバンドアを開けたり閉めたり、そして、あのぶんぶん音。

もう、あっしの十八番が出ましたよ。 壁ばんばんたたくけど、一向に聞く様子もないので、携帯電話からマネジャーへ留守電を残した。

「こんどは横隣りなんすけど、静かにしてといっても聴いてもらえないから、そちらから言ってもらえます?」


しかし、こういう文句を言うときにいつも一瞬立ち止まって考えてしまうあっし。 だんだん腹が立つと、感覚が麻痺してきて、あっしって小うるさすぎ? これってよそと比べたらましなほう? ちょっとあっしも寛容になるべき?と自問自答しはじめてしまう。


でも、なんでも最初が肝心っていうでないか。 あっしは細かい文句言いの女王だと隣人に知らしめておいたほうが、あとあといいだろう。 あんまりひどいと、 「警察呼ぶわよっ。」くらいの迫力を見せ付けておいたほうがいい。

過去に住んだアパートで文句言わなかったことははっきり言って無い

うるさいということに寛容さはないあっしだが、こんなあっしは今まですべての大家に、アパートをでるときに「あなたが住人でよかった。」といわれるくらいだから、うるさいと文句言うのは別にマネジャーや大家の住人を判断する材料でないのだ。

それよりも、部屋をきれいに使い、家賃を遅れず払うことがポイントなんだろう。


ということで、しばらくマネジャーがうんざりするくらい文句言うかもしれんけど、うるさいほうが悪いんだからね。




| すまいるの日常 | 12:29 | comments(2) | trackbacks(0) | TOP↑

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砂漠でバギーとキャンプ・その1

引越しの片付けにずいぶんとかかってしまい、バケーションに行ってからえらい経ってしまったんで、どこまで思い出せるかわからんが、ちまちま写真だけでもアップしよう。 


4月11日 火曜日
同居人のママのジープを借りに行く。あっしのシビックや同居人の2輪駆動トラックでは砂漠はやってけないので、去年もママの四輪駆動のミニジープをお借りしたのだ。 翌日水曜日には、同居人の両親が一足先に出かけてしまうんで、前日に借りに行ったわけだ。

4月12日 水曜日
仕事帰りにチビを母親のところへ迎えにいく。今回のあっしだけでなく、みんなの心配は、ママズボーイ(お母さんっ子)のチビが今回ほぼ初めて母親なしで遠出するのに、途中でべそべそしないか・・ということであった。 毎日ほぼ一緒にいる母親が手かけ足掛けしがちな男の子だからか、一日のうちで、そういうことが過去に多々あったわけで、遠くに行ってそれをやられてしまっては、こっちは困るわけだ。 いくら6歳にしてもそろそろ乳離れはしてほしいもんだがなぁ。

そんな周りの心配をよそに、本人はおじいちゃん、おばあちゃんちでみた4輪バギーとギア(プロテクターとか)を見て、もうかなりうきうきしている。 おしゃべりが止まらない。(それでなくても、しゃべりなのに。)

4月13日 木曜日
遠足行くときって、学校や仕事行くときと違って、早起きしてしまうのはなんでだろう。 6時45分くらいにみんな目が覚めた。

お昼のサンドイッチと朝ごはん代わりのゆで卵をさっさと作り、クーラーにつめる。 支度をして、8時過ぎには家を出発、ジュースとお菓子、塗れティッシュなどを買いに、スーパーへ寄る。 中部ワシントン州のモーゼス・レイクへ向けて・・。


ワシントン州というのは、おもしろい州で、アメリカ北西部を縦にずーっと走っているカスケード山脈を越えるまでは、背の高い針葉樹や低めの広葉樹が生い茂った緑あふれる街なのに、峠を越えるとどんどんさばく地帯になっていく。 

峠は標高も高く、4月の末はまだ雪も積もっている。これが完全に溶けるのは真夏の8月くらいだろうか。

pass
湖なんか凍ってるし。

ま、この辺は去年も描いたし、割愛しよう。(手抜き?)

今年が去年と違うのは、同居人の両親も参加し、うちのチビと同居人の御姉ちゃん家族のところの一番下の坊主2人も参加したこと。

rv
御姉ちゃんとこ家族や同居人のいとこ家族や、
義兄ちゃんの仕事仲間ののRVやらで、いわゆる
コミュニティができる。

rv2
子供用の2輪にまたがる同居人。
身のほど知れぇ。
横から本人が一言「バイクが小さいんでない、
俺がでかいんや。」(くだらん)


バイクやギアは御姉ちゃんところや今年奮発した両親のを借りるのがあっしら。そのうち、うちらも金持ちになって欲しいもんだ。

dad son
さっそく四輪バギー(ATVもしくは、クゥアッドというのが一般的)に挑戦。
チビは初めてだがなかなか・・
怖いもん知らずは父親ゆずりか。

mama
同居人のママ。あっしの母とおそらく
3,4歳くらいしか変わらないんだが、
気が若いっつうか・・。

この写真は、15歳の孫娘のあとをついていって、小山を超えきれず、後ろにぶこっろんだあとの生還した図・・・。 あまりにびっくりしたのか、楽しかったのか、恥ずかしかったのか、泣き笑いしながら状況を語ってくれた。


red
御姉ちゃんところの愛犬、レッド。 
砂嵐にゃ、さすがに彼も参った様子。

ほんまに、砂だらけになって一日の終わりにゃ、髪の毛もがしゃがしゃ、目も痛いし、口にも入ってざらざらしてるし・・・、でもバイクでとことんまで汚くなってみるのもあんまり経験できないことっすかね。

キャンプって、ぼーっとしたり、おしゃべりしたり、食事の用意して食べるしかやることないんだけど、これがバケーションってもんか。 みんなキャンプファイヤーの周りでうーろうろ。

そんなファイヤーを囲んでしゃべってる大人をよそに、緑の一番小さい50ccバギーに乗ってぶいぶい初乗りをエンジョイしていたチビに大人がヒヤッとさせられるのであった・・。

続きはまた明日(たぶん)。

| バケーション | 15:17 | comments(7) | trackbacks(0) | TOP↑

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管理する女・甘えたい男

まだ引越しで家がひっくり返っているので、PCもつながってないが、仕事場で、ちょっと仕事がひと段落ついたので、こんなことをしている。

砂漠へのバケーションリポートは、写真とアップしたいので、あとにしておいて、そのバケーションと引越しが重なった、この2週間を振り返ってみる。


以前、 「男は2つ以上のことを同時にできない。」というテーマ?で話をしたことがあるけど、あっしはパニックになることはたまにあれど、冷静に立ち回れば、なんとかこなせるほうだと思う。(たまーに抜けてることもありますがね)

今回バケーション旅行と引越し準備、そして同居人の転職が重なって、はて、いったいどうなることやら・・・と思っていたが、なんとかメモをしまくり、整理整頓しながら峠は越えたかな。

木曜日から日曜日まで砂漠にでかけ、帰ってきて火曜日に引越しだったので、ほとんどの荷物はバケーション前に梱包。 また、ローカル電話の切り替え、郵便物の転送、レンタルトラックの予約、引越し先のケーブルTVの設置予約、携帯電話のアップグレード&同居人とあっしの携帯電話手配、出て行くアパート大家へ連絡と、家賃の交渉、引越し先の管理マネジャーへ書類依頼なーどなど。 バケーション前に全部手配したですよ。


同居人がほんとうなら、来月1日で転職するはずだったが、有給が2週間ほど残っているので、もう辞職願いを出したその日に退職が受領され、今まで持っていた携帯が会社からの支給だったため、次の仕事にもかなり使う携帯を用意しなくてはならなかったのが、予定外だった。

バケーションにでかける前に、ぎりぎり届いた携帯をアクティベート(って日本語でなんていうのだ?)しようとしたが、ちっともされず、プロバイダーに砂漠で、あっしの古いほうの電話から連絡してもうまくいかず・・、それだけがうまく運ばなかったことかな。 


同居人は?というと、ええ、男だから、一度にいろんなことやれとは言えない。 あっしがバケーションと引越し日以外、仕事が休めない一方、退職してほとんど家にいる奴に、仕事場から指示。

「キッチンのよく使うものは最後に梱包して。」
「あっしの服もよけたものは梱包してよし。」
「チビの母親に余分にチビの服をバッグに入れてって連絡しときな。」
「義兄に電話したか?余分にヘルメットもってってって?」
「義父に電話したか?キャンプにもって行く食べ物は?寝袋はあるのか?」

うんたらかんたら・・・。


一足先に砂漠へRVで行った同居人の両親を翌日追っかけるように、同居人ママのジープ(四駆)を借りて走ったあっし、同居人&チビだが、ワシントンの砂漠のころころ変わる天候で、ジープはドロドロに汚なくなった。

前も借りたときに、同居人のお尻をたたいて、洗って返したあっしら。 今度も帰ってきた日に帰さないと、ママの出勤に困るから・・とカーウォシュで洗いに行こうとお尻をたたくと、

「両親ちに行って洗う。」

などと、ふざけたことを言う。 借りておいて、借りた本人の家の水道代と場所を使って洗うなどとなんつうことを言うのだ! 半分あきれて物を言うあっし、

「本人のうちに行って、洗って、ママのことだから、『あら、もういいわよ。』って言うに決まってるでしょーが!だぁほが!」
(だぁほが!とは実際言わなかったが、言いたかった。)

アパートの近くでしゃかしゃか泥を洗い落とし、車で50分弱の両親のうちへ向かった途中で、つくづく思った。

ほかの男性は知らないが、奴は、「2つのことを同時にできない。」上に、「ママの好意にとことんまで甘える」んだと、ため息ついた。 


だから、あっしがいつも「あれやんな、これやんな」と指示せなあかんのか。 そんなbossy(ボスしたがる)女にはなりたくないんだが、これがママ曰く、

「あの子は女に育てられたから、管理したがる女に世話してもらうのは、なんとも思わないのよ。」

んー? だいたい女性に育てられるのが普通の家庭の形じゃないのかな?

「ノー、普通両親が居るところなら、男の子にはロールモデル(見本)となる男性の姿が必要だけど、私が今の夫に出会うまで、あの子にはいなかったからね。」


なるほど・・・。 あっしがあれこれ指示し、世話を焼くのはありがたいことなのか・・。  なんか不思議。


片付くまで、そのあとも同居人のお尻たたきが続くのだろうな、やっぱ。

| すまいるの日常 | 03:56 | comments(8) | trackbacks(1) | TOP↑

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引越し前の一休み

引越しは明日だけども荷物の梱包やらでひと息ついたので、少しだけアップすることにした。

先週末に3泊4日で出かけた砂漠へのバケーションは結構楽しかった。いろいろあったけれども、それも過ぎたら、結構旅の話の種。 ぼーちぼち日記に記していこう。

去年もここのブログでアップした砂漠への「4輪バギー(Quadといいます)に乗ろう!キャンプ」(タイトルつけてみた)だが、去年と違って、今年は同居人の両親も参加。 去年は同居人の御姉ちゃん一家の持っている1台のみのバギーだったが、同居人のママが400ccのバギーを2台と子供用の90ccを1台まで買って、運転レッスンを事前に受けてまで参加したので、RVも余分に一台あり、もっとゆったりできた。

今年は御姉ちゃん一家の一番下の坊主2人と、うちのチビも参加。おもちゃじゃない、乗り物に乗れると、こやつも大はしゃぎ。 でも、初めてで、やんちゃ坊主で、親や周りの大人の言うことが耳に入らないくらい、自我が強いので、最初は心配してのだが、なんとか乗りこなせていた。

一瞬ヒヤッととしたアクシデントもあったが、それで何か学んだだろうと、常に子供達に目を配っていた周りの大人がみんなそう言っていた。 そんな家族一同のおかげで大事には至らなかった。 

同居人もぶっ転んだりしたみたいだが、かすり傷程度で、あとは大きな筋肉痛・・。 あっしはというと、両膝の内側にあざができてしまい、あとは軽い筋肉痛。 毎日腹筋、腕立て伏せ、シャドウ・キック・ボクシングしたおかげか、たいしたことなかった。

両膝のあざは、昔ストリートバイク(自動二輪250cc)を乗っていたせいで、そのときの乗りかたが身についてしまっている。 本来4輪バギーでは、ニーグリップはやらない。 がたがたの道のない道や広場を走るのに、そんなことで乗り切るんでなくて、ハンドルをしっかり握って、体重移動が基本。 そのおかげで、わき腹と腰あたりがえらく疲れる。 

まー、そんなうんちくはおいといて、こんなキャンプをしてて思ったのが、世の中いろんな趣味やライフスタイルを持つ人がいるが、あっしは、きれいなブランド服を着て、BMWに乗り回す彼氏とおしゃれなバーへお酒を飲みにいったり・・・なんて、生活より、同居人みたいなワイルドな奴とワイルドな家族とで、砂漠や山、川にキャンプに行って、バイクをぶいぶい乗り回すほうがあってるなぁ・・・なんてふと考えていた。


でも、さすがに4日目、砂だらけの頭と身体にみんな、「は、早く帰って熱いシャワー浴びたい・・。」とうなっていた。 でも、きれい好きで通っているあっしも、4日目、結構麻痺して、多少、砂のついた指でもチップをつかんで食ってた。 

昔ばあちゃんが言ってたっけ、「三日乞食やると、やめられない。」って。 すこーしだけわかったような気がする。



なんか、序章みたいな記事になったが、写真と細かい日記はまた今週末あたりにでも・・・。 

| すまいるの日常 | 14:02 | comments(7) | trackbacks(0) | TOP↑

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一発で決まらない

今日4回目か5回目のトライアル コンタクトレンズを引き取りに行ってきた。 ドライ・アイで目が痛いあっしが、長年使いなれたハードレンズをやめて、ソフトに挑戦しようとしている。

が、もうかれこれ1月の末から、合うソフトレンズが見つからないのだ。 どうもソフトは2,3時間くらいはいいんだが、その後はハードとは違う痛さ(たぶん乾燥している)があって、瞬きするたびに度が変わりちゃんと見えない。

ハードはその点、違う痛さがあっても、度は一定している。 

しかし、どうしてこんなに合うソフトが見つからないのか、解らない。アメリカだからっていうわけじゃないと思うんだが、あっしの目ン玉がややこしいことになっているのだろうか。 

かなりの近眼に乱視ときているから、在庫のソフトでは効かない。毎回トライアルのレンズを先生がオーダーするたびに1週間くらい到着にかかる。 

そんでもって、その後チェックのために、先生にアポを取り・・・、また合わないと違うもの、度が多少違う、違うブランドと変えて、変えてかれこれ3ヶ月くらいこんなことをやっている。

あっしも最初意地だったが、「ハードだったら違う痛さはあっても、度が変わりませんから、それでも・・・・。」と、根を上げ始めている。

先生は専門だからか、えらく辛抱強い。(ひょっとして、先生もプロとしてのもはや意地だったりして。) 「今度は、違うブランドにしてみよう。」「今度は、度を変えてみよう。」などなど・・・、あっしのギブアップにも耳を貸してくれない。

いつ決まるんだろう・・・。


そんな目で、あさってから、バケーションに行ってきます。しかも砂漠・・・。 おおお、どうなるのだろう。 目は開けられるのだろうか。

また去年も行った砂漠に4輪バギーを乗りに行ってきますんで、コメントお返事とアップもできません。 また帰ってきて、引越し終わってから・・・ということで、よろしくお願いしまーす。m(__)m

| すまいるの日常 | 14:47 | comments(6) | trackbacks(0) | TOP↑

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好きだったものと思い出

「すまいるが子供のとき、好きだったもの何?」

同居人の息子、チビから突然の質問が来た。 

んー?なんか幅広い質問だなぁ、食べ物で、とか?

「なんでも。例えば、電車が好きだったとか、ゲームが好きだったとか。」


変哲もない子供からの質問で、簡単に答えられるはずだったのに、なぜか考えてしまったあっし。 

お絵かきは好きだったなぁ。

答えられたのはそれだけだった。 しばらく、同居人と3人で、映画に出かけてからもずーっと考えていた。 マンガ好きだったな。 TVもコミックも。 外で泥んこになって遊ぶの好きだったな。 

もう少し大きくなってからは手芸をやったりするようになったけど、小学生低学年くらいに好きだったものがどうも思い出せない。 そんな年になってしもたのか。

ただほんとにお絵かきだけは好きだったし、物心ついたころから毎日のように絵を描いていたと思う。一番古い絵で未だに父親の押入れにある(はずの)ものは、幼稚園のときにみんなそれぞれが描いた自画像だったと思う。 

それから古いのは小学校低学年のときに書いた(と思う)絵日記。 1週間くらいの分のページがあるでかい絵日記帳に、絵と文章を書いたっけ。 何を描いたか一部未だに覚えている。 

「猿山にいって、猿にお菓子を取られたこと。」

結構子供ながらに、強烈な印象だったので、今でも怖かったことはしっかり覚えている。

あとお寿司屋に行ったのも描いたような・・・。

家の親は両親ともあんまり古いものに固執しないのか、あっしの子供のころのものでも思い出として、取っておくことはほとんどない。 家にあるのは、比較的新しいものばかりだ。

あっしのこんな紙袋ひとつに収まるも子供時代のものも、一時帰国したときに、

「押入れでじゃまやから捨てていいか?」

なんともあっさりしたもんだ。 この辺アメリカの親と違うな・・と思った。


ここから、違う話になってしまうが、アメリカ人の親ってのは子供が生まれたころ、はたまた自分の子供のころ、親の若かったころ、おばあちゃんの若かりしころの写真や受け継いだ家具やアルバムなど・・とにかく思い出になるものをしっかり置いておく。 

火事に遭ったら、何を一番にぎりしめて家を飛び出すかという質問には、おそらく「家の権利証」と答えるだろう日本人に対し、アメリカ人は大多数が「写真」と答えるくらいだ。 写真はそのときに戻ってまた取り直しできないかららしい。

思い出というものを大切にする国民だなと思うことがよくある。

同居人のママは、同居人が言うには、ママの思い出のものがいっぱいはいったトランクがあるらしい。 それには、ママの子供達の写真やその成長の間に思い出になるもの(同居人のバンドの写真まである)だけでなく、ママのお母さん(去年の暮れになくなったおばあちゃん)、曾おばあちゃん、おじいさん、そのまた両親の写真まであるらしい。

あっしはそのトランクを見たことはないが、たまに引っ張り出してくる写真は、開拓時代の写真まであって、「これは誰だかわからんわ・・・。」と言うくらい古い。


以前思ったが、アメリカのように歴史が古い国は、100歳くらいのものをアンティークと呼んで、家具でも代々受け継いだりする。 アンティークが好きな人が多い。 

街の建物でも新しくはなるが、外が古くて中の骨組みを強化して使うときも多々ある。


逆に何千年と言う歴史がある日本人が新しいもの好きで、古いものをぽっぽと捨てたり、壊したりする。 なんでだろう?

あっしは、とにかく古いものに魅せられる。 ビンテージにはあんまり興味がないが、アンティークは大好きだ。 シアトル近郊のアンティークショップを訪れることに一時はかなり凝って、かなり制覇した。

今でも新しく訪れる街に行くと、博物館、歴史館などは必ず行く。 

古いもの好きが高じて、いろいろ溜め込みやすいあっしだが、以前書いたとおり、物になるべく固執しすぎないようにしているので、使わない余計なものはさっさと寄付して、処分してしまう。

でも、アメリカ人と同じで、思い出になるものは、なるべく残しておきたいなぁと思う。 それは子供のころの良かった記憶も・・・。

以前帰国したときに、父が捨てていいかと聞いてきたもので、捨てられたくなかった、幼稚園のときに使った母のお手製通園バッグを持って帰ってきたが、あの絵日記も持って帰ってくればよかった・・。 父ちゃん捨てちまっただろうか・・・?

| 同居人Dと息子チビ | 03:57 | comments(7) | trackbacks(0) | TOP↑

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傾倒するほうですか?

車にやたらメッセージの入ったステッカーを貼り付けている人がいるが、貼りたい人ってのは、もう一枚とか二枚の次元でない。 バンパーやらトランクの蓋がステッカーでうまってしまうくらい貼り付けている。

大概、社会的メッセージが多いんだが、ダントツでは、ブッシュ大統領の政策に反対し、小ばかにするようなものかな。 "No War" (戦争をなくせ)なんて、まだかわいい。 "Impeach Bush" (ブッシュを問責しろ)なんて結構過激。 

そのつぎには、やっぱり"Trust Jesus"(ジーザスを信じろ)とか宗教関係ですな。まあ、キリスト教信者の非信者への説得(布教?)というのは、結構、強引なことがあるが、このメッセージも信じる人だけにとどめておけばいいのに・・・と思うことはある。

Spiritual(精神的、超自然的)ではあっても、Religious(宗教的)でない同居人やあっしなんか、「なんか、もひとつ説得力に欠けるねぇ。」といつも思ってしまう。 なんだかメッセージが独りよがり的なのだ。 「ジーザスがあなたに幸せをもたらします。」なんて、そうなの?


そんな宗教的なメッセージのほかに、もっとあっしらが納得できないメッセージが、社会活動的なもの。 

今朝の退屈な通勤タイムでは、ついつい同居人ともども周りを走る車や人に目が行くが、今朝の注目!はこいつだった。

"EAT MEATS AND YOU DIE!!"(肉食うと死んでまうぞ!)


暴言を吐くように、小ばかにするのが得意(?)な同居人は、
「そうやなっ、20年後くらいに死ぬかなっ?!」
ってなもんだ。


「ベジタリアンであることがあなたにとってよい。」

確かに極端なメッセージだな。 肉を食ったら死ぬって・・、野菜ばっかり食べてるほうも栄養の偏りがあって、あんまり理想的な食事とは思えないが・・(肉は血や筋肉を作るのに)。


おもわず、こんな日本のジョークを思い出した。

医者「今日どうしました?」
男 「先生っ、ねぎと味噌を一緒に食べると死ぬってほんとうですかっ?」
医者「そうですね、死ぬでしょうね。」
男 「ええっ?! 昨日食べたんですが、余命はどのくらいですか?」
医者「うーん、人にもよりますから、一年かもしれないし、五年かもしれないし・・・、10年かもしれません。」



肉食っても野菜食っても死ぬときは死ぬんだし、ただ死ぬまでどれだけ健康に、家族や周囲にできるだけ、余分なご迷惑をかけずに生きるか・・ってのが大事なような気がする。

あっしも野菜大好きだから、野菜を食べることに反論はしないけんど、なんでもバランスよく食べたいねぇ。




| アメリカってやつは・・・ | 09:00 | comments(4) | trackbacks(0) | TOP↑

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名前で判断せんで

カタールでの日常をコミカル?に紹介されている団長のブログで、「日本人の名前が中東では変に取られることがある。」と読んで、そういえば・・・シアトルでもあったなと、それについての体験を書くことにした。


昔の知り合いの名前で、フクシマという人が居たが、その人がその人のアメリカ人がアパートに来るたびに、名前を部屋番号欄に見つけて、笑われたとこぼしていた。 

アルファベットで書くと、"Fukushima"であるが、その最初の2音"Fuku"が、スラングの"F○ck"に読めてしまうからだ。 若いアメリカ人男なんか喜んでしまうような名前だ。 

その知り合いが、アメリカ留学経験もある父親にその愚痴をこぼすと、彼は堂々と言ったらしい。

「フクトメよりかはいいじゃないか!」

日本のアナウンサーにフクトメさんっていたが、気の毒にアメリカだと、"F○ck to me"(私を強姦してください)になってしまうのだ。 アメリカに来るときは、きっと変名したくなるかもしれない。



日本の大手輸送会社のシアトル支店に勤める同居人は、びっくり日本名に直面することが多い。 たまたま就職先が日系企業だったのが2回も連なっただけに、その辺いろいろとある。

で、名前の話しだが、引越し業もやっている奴の勤め先は個人の名前が書かれた貨物をよく扱う。 その中で、奴がびっくりした名前のひとつに、「タケシタ」がある。

"Takeshita"とつづれるこの名前、英語読みすると、"Take shit-a"である。shitはもともとオ○ッコのことで、それを取るってことは・・・、「汚い事を受け入れる」とか、「汚い事言う」とか、それがスラングで「ク○くだらないことをやる」などなど、お下劣極まりない意味になる。日本人担当者に「ほんまにこんな名前なんかっ!?」と迫ったらしい。)


そんなことを言っていては、自分が生まれてから持ってる名前が使えないから、開き直って普段使うのだろうが、ついあっしは自分の名前を見直さずにはいられない。 幸いあっしのファーストネームは、アメリカで古くからあるチョコレートドリンクのブランド名そのものらしく、知っている人は、「かわいい名前ね。」と言ってくれる。 

良かった・・。 でも、これが中近東に行ったら、とんでもない名前だったら・・やだな。

| アメリカってやつは・・・ | 20:39 | comments(11) | trackbacks(1) | TOP↑

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テレビ欄占い

いつもお料理やお菓子の写真がでるとよだれ垂らしてみている、ちっちさんとこのブログを通して知った「テレビ欄占い」をやってみた。 


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| 今日笑ったこと | 12:57 | comments(10) | trackbacks(0) | TOP↑

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トイレはトイレでいて欲しい

日本人♀の友人から、突然仕事中に電話がかかってきた。 

ご飯食べに行こうかとか話をしながらも、ちっとも約束までいかないんで、最近ではこやつと出かけるのは、今の彼氏と別れてからしかないのか? すごい極端なことを考えてしまうくらい、だいたいの女友達と言うのは、彼氏が中心だな。

それで、今回の電話でやっと、ご飯を食べに行こうというんかと思ったら、

「日本のウォシュレットって、こっちで買えるぅ?」

おまいは、久しぶり電話かけてきたかと思ったら、あっしとトイレの話しをするのかっっ。と、つっこみそうになったが、あっしが家の部材で仕事をしているから、よく知ってるかと思ったと、あっしの仕事に対するプライドをつつかれては、つっけんどんにしてられない。

日本風の施工をする工務店がよく、広告出しとるやん。 そういうところで聞いたら、ウォシュレットに合うトイレのボウルと便座を用意してくれるんちゃうん?

と答えてやった。 アメリカのトイレのボウルや便座も微妙に日本のものと違うので、日本のトイレ蓋カバーを親が送ってきたら、合わなかったりってなことがある。 

コマーシャル(商業用)のボウルだけでなく、レジデンシャル(一般家屋用)でも、Elongated(長い)のとRound(丸い)というボウルがあるので、まだ丸いのなら日本仕様のトイレ用品が使えるだろう。


トイレがでたんで余談やが、日本で一般的な便座カバーだが、あれは冬などに、便座が冷たくなくて結構便利なもんだと思っているのだが、あれを重宝するのはどうも日本人だけらしい。

アメリカには絶対売ってない。 冷たい便座でもへーきで座っている。 ちょっと気にする人はオークという木でできた便座をつけている。はっきり言って、あんまり冷たさや温かさには大きな違いはない。


一度アメリカ人のルームメイトと住んでいたときに、つけてもいい?と、つけさせてもらったことがあるが、非常に気分悪そうな顔をしていた。 確かに、便座の上はいいが、下になる部分はお○っこやらゆるいウ○コが飛び散って、汚れやすい。 (食事中の方すお許しくだされ。)

きれいに物を使う日本人でも多少は汚れるというもの、汚いアメリカ人が使えば、もっと汚い。 だから、そのルームメイトが言うには、

「Crabとか移ったら、どうするの?」

Crabというのは、「蟹」のことではない。 いわゆるシラミなどを口語で言った言葉である。 そんなもんが、移ったらって、あっしがシラミを持っているというんかい。 そのルームメイトは、そのとき自分がどんな言葉をあっしに向かって吐いているのか、シラミの恐怖からか、よーく解っていないらしい。 あっしの冷ややかな目も気づいていなかった。


そんな出来事が過去にあったんで、便座シートは一人暮らしのときしかつけることはなかった。 少しの間、同居人が来てからつけていたが、一日2回は必ずトイレで5分から10分は閉じこもる同居人と、まだちびっ子のゆるゆるウ○チが多い息子がいては、便座シートは通常以上の汚れ具合だ。 二度とつけようとは思わない。 (また、汚い話しでもうしわけない。)


| すまいるの日常 | 12:32 | comments(8) | trackbacks(2) | TOP↑

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プロダクティブに

今日からやっとこさ夏時間になった。 シアトルの夏は一日の日照時間がどんどん増えてくから好きだな。 明るいといろんなことをやりたくなるし、やりやすくなる。

まず朝は冬は7時半まで暗いから、なかなか目が覚めないが、夏になると、6時前後から明るくなるので、ベッドルームも明るくなると、目覚めやすくなる。

今日は特にぱしっと目が覚めたのだが・・・、その夏時間ということを忘れて、朝時計を見たら6時半だったので、「ちぇーっ、早く覚めちったぜ。」とまた寝てしまった。 本当は7時半だったのに。 

二度寝はいかんですな。 同居人に言われて、「ああ、そうか。」と改めて夏時間を思い出した。


先週から始めた大掃除。 引越しの前にいつもの掃除の何倍も念入りに掃除をして、デポジット(前金)をなるべく返してもらうぜ!と、あっし一人でばたばた何時間も掃除をしている。  同居人はそんなあっしを横目で見もせず、ゲームとかしている。 最後の日はぶつくさ言おうが手伝わせてやる。

ブラインドが一番てこずっているのだ。 特にキッチンの窓のブラインドは油と誇りがこびりついているから、簡単にはいかない。 こびりつきはなんとか取れるが、問題はあの形は力が入れにくい。  

あれって発明した人はかなりな創造力だと思う。 きっとお金持ちになったに違いない。 でも、あれを掃除する方法を発見した人はもっとすごいと思う。 (お金持ちになれるかは解らない) あれってどう掃除したら一番掃除しやすいんだろう?

最近なんでも情報があるネットで、探したらなんか掃除の仕方を載せてる人がいるんでないのか。 ブラインドクリーニング・ドット・コムとか。 (半分まじ)


洗濯がひと段落着いたので、数日かけてまとめたいらない服やら物の大袋が2つ、おもちゃ1袋、TV、ステレオ、などなどを中古品ショップうや寄付を受けてるところへ同居人と持っていく。 

最初の寄付受付トラックが、テレビ、ステレオは受けないとぬかすので、別の中古品ショップへ行く。 問題なく受けてくれた。 同居人がぼそっと言う。 

あのテレビ達のセカンド・ライフは誰のところで始まるのかな?

うーん、今日はそんなこと考えてる余裕がない。


家に帰ってきて、奴はまたゲームをしている。 あっしが指示せんとなんもでけんのかぁ〜、おまいはぁ〜!! と言いたいのをこらえて、休憩しながらひたすら掃除。


ブラインドの掃除も暗くなってくるとよく汚れが見えないので、カーペットの汚れ落としに切り替えた。 先日買った汚れ落としが結構聞くんで、つい夢中になって、気がついたら9時半だった。

家の中がそのカーペット汚れ落としの臭いでかなりくさい。 くらくらしてきた。 もう、疲れて・・・も尚且つ、ブログ記事打ってるあっしはえらい・・。

でも、生産効率がよく行動できたときには、プロダクティブな一日・・という表現をこっちでよくするが、そんな日だった。

| すまいるの日常 | 14:43 | comments(7) | trackbacks(0) | TOP↑

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身のほど知る?

毎月一回メルマガが届く、桜神社のe-おみくじ。 そこにいっつも宮司さんの言葉が書いてある。 今月のお言葉は、まるで常に自分が考えていたことを見透かされたような内容だった。

すべてが、あなたにちょうどいい。
  今のあなたに、今の夫がちょうどいい。
  今のあなたに、今の妻がちょうどいい。
  今のあなたに、今の子供がちょうどいい。
  今のあなたに、今の親がちょうどいい。
  今のあなたに、今の友人がちょうどいい。
  今のあなたに、今の仕事がちょうどいい。
  すべてが、今のあなたにがちょうどいい。

 これは、お釈迦様の言葉といわれているものです。
 
 貴方の周りにいる人は、貴方と波長があっている人。
 霊的に同じレベルと言い換えることができます。
 今ある環境は、自分が作り、貴方の周りに起こっている問題は、
 貴方にとって必要だから、起こっているのかもしれません。

  現在、自分が思うように生きられないのは夫(妻)のせい。
  自分の実力を発揮できないのは、職場や上司のせい。
  自分がつらい思いをしているのは、親や兄弟のせい。
  いい友人がいないから、良い目にあえない。
  なぜ私だけが、こんな思いをしなければならないのだろう…。

 日々の不平や不満を、そして、
 目の前に起こった問題を全て他人や環境のせいにしてしまう。
 これは、誰もが身に憶えのあることです。
 それどころか、これは皆が皆持っている「心の癖」であるともいえます。
 
 人は、自分だけは変わることなく、今のままでいたいと思います。

 でも、気付いてください。
 他人を変えることはできません。
 でも自分で自分を変えようと思えば、変えることができます。
 変えるとは、モノの見方や考え方を「少し」変えてみることです。

 それだけで、人生は楽しく、価値のあるものに変化してゆきます。
 そうです。自分が変われば、貴方は、
 周りの人にとっての太陽にもなれるのです。


これって、だいぶ前に自分が気づいたことと、他の誰かに言われたことそのもの。

自分が経済的に苦しくて、なんでこんなに貧乏なんだろう・・と思ってみじめな時期があった。(今も金持ちじゃないけど。) こんなあっしもいつかは玉の輿にでも乗って、優雅に暮らしてみたら・・・なんて、自分らしからぬ妄想にふけっていたことがあった。(玉の輿なんて興味ないんす。)

「自分の程度が低いとき、経済的にみじめなとき、そんな人間にくっつくのは同等かそれ以下の人間だけよ。」

ときぱっと誰かに言われたことがあったが、確かに貧乏神が天井裏に住み着いているような人間は卑屈になりやすくて、金持ちの優雅な人が好んでくれるわけもない。

だから先に自分を磨きなさい・・・と自分に言い聞かせて卑屈にならないようにしていることがよくある。 

自分が内面から魅力的に輝いているときは、それに轢かれて魅力的な人がよってくるもんだ。 だから、「人が自分を好んでくれない、それは人のせい・・」じゃなくて、自分に魅力がないだけ。



それとは、違うことなんだけども、なぜかあっしがこだわることに、ダウンタウンを中心に見てできるだけ、北のほうへ住むほうがいい。というのがある。

なんでか・・といわれると、ひとつにどのアメリカの州や都市でも南は治安が悪くて、北のほうが洗練されている、という事実があり、あとは自分の感覚から、どうも南に住むのが怖いというのがある。

また、南に下れば下っていくに連れて、生活や人生レベルが少しずつ下がっていくような気がするのだ。 なぜそう思うのか解らない。

でも、つい最近気がついたのが、人生レベルが下がるのでなくて、その人の現状のレベルにあわせて生活場所を変えることによって、そのうちレベルが上がっていく、人生の調整に南にいくことも必要なのだ。


この変なセオリーはどこから、何を根拠にそう思うのかは解らない。でも、友人や知り合いを見ても、南でなくても住む場所によって、その人の人生が惨めになったり、向上したり・・・するんだ。 なんでだろう。

友人に治安の悪いところばっかり住んでた人がいて、彼女の生活レベルはいいと言えたもんでなかった。 そのときに付き合ってた彼氏も変な人生嗜好を持っていて、借金は何が何でも嫌だから家のローンもしたくない・・と、結婚しても家には住まない。 住みたければ結婚とか考えるなと、言い切っていた。

そして、その彼氏と付き合う間、引越しを数回繰り返し、突然彼氏はどっか消えてしまった。 彼女は強かった。 消えても自分なりにしっかり足を地につけて、さっさとそのときの経済状況とあった住まいを探し、南に移った。 

そして、しばらくして転がり込んできたいい転職もして、もっとお金を稼ぐようになったら、いい車も返る余裕ができた。 そのうち、えらい金持ちの相性がいいらしい彼氏もできた。 

今は結構余裕な生活を送っている・・・とあっしは見ている。

彼女にとって、南へ自分の現状にあった引越しは、いい結果をもたらしたんじゃないかなってなぜか思う。 さっと気持ちを切り替えて、彼女にいい状況をもたらす移動をしたのだな。


あっしもずっと経済的にどうもさっぱりせず、どうも落ち込みやすい時期を過ごしていたのが去年まで。 そんなあっしにくっついてきたのはやっぱり、経済的にさっぱりしない同居人。 ふたりで、ため息つくことも多かった。

でも、そんなんじゃいけないし、悪い癖やら習慣は断ち切って、前向きに生きようと決めたころ、そんな態度を見たり、自ら戒めたりして、同居人の考え方もめきめき変わった。 ちゃんと地に足をつけようっとしたころ、、、同居人の経済もあっしの経済状況もみるみる変わってきた。

今年はずいぶんと楽になったし、これから先どんどん二人で向上していく見通しがついている。 やっぱり、身のほど知るってことが必要なんだな。 見栄張って、人生送ってたらいかんのだ。


海外生活にぜんぜん関係ないけど、海外にぽつっと一人で住んでるとこんなことも考えるんだな。 今は同居人がいるけど、まだ家族じゃないし。 家族になる前に、どううまくやっていくか、ひょっとしたら他にもっと合う人がいるんじゃ・・なんて考え出したら、やっぱり、結論はというと、

今のあなたに、今の彼がちょうどいい。

ですよ。


| すまいるの日常 | 17:17 | comments(9) | trackbacks(0) | TOP↑

2006年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2006年05月